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第287話

「それにしても山岡先生、出来る、出来るとは思っていたけど、論文オペまで切っていたなんてね」 「あぁ、まぁ、教授の推薦で時々」 2人揃って食堂のテーブルにつき、向かい合って食事を始めながら、2人はのんびりと会話をしていた。 「クスクス、それで?原先生に言ったの?」 大学病院にいたこと、と暗に告げた日下部に、山岡がコクンと首を縦に振る。 「随分と仲良くなったものだね」 ニコリと笑う日下部から、小さな嫉妬を感じ取った山岡が、ハッと顔を持ち上げて、困ったように小さく首を傾げた。 「そ、の、オレは…」 「うん?」 「過去を…つい、ポロリと漏らしちゃうくらいには…その…」 「うん」 「原先生と仲良くなった、ということではなくて、その、あの…」 「うん」 ポツポツと、内心で思っていることを考えながら話す山岡に、日下部はただ黙って先を促した。 「多分、先を突っ込まれれば、原先生に言えないことはまだまだたくさんあって、だけど」 「うん」 「昇華した、とまでは言い切れないんですけど、でもそれは…その、日下部先生が、オレを、あ、愛して、くれたから…」 カァッと頬を赤く染めながら、いまだにそういった単語を恥ずかしそうに口にする山岡のスレなさ加減に、日下部の口元がだらしなく緩む。 「うん?」 「だ、だからその…原先生に心を許したとかじゃなくて、でもただ…過去のことを、オレは今、ちゃんとこの身体に抱えて、それでももう、揺らがずに歩いていけるかな、って…だから」 「っ、山岡」 不意に、日下部の目元が嬉しそうに綻んで、綺麗な綺麗な笑みが山岡に向いた。 「は、はぃ?」 「愛してる」 「んなっ?な、な…」 こんな食堂で、と目を瞠る山岡が、ワタワタと慌てるのが面白いのか、日下部がクスクス笑いながら、そんな山岡を眺める。 「おまえの纏う漆黒が、少しでも薄まればいいと、俺はずっと願ってきたけれど」 「く、日下部先生っ?」 「おまえの抱くその漆黒に、何もかもを吸収し尽くして、それでもなお、一点の曇りもなく前を向くその強さに、俺はいつもいつも魅入られる」 甘い甘い顔をして、愛しい、愛しいという気持ちをダダ洩れに、日下部の笑みが深く深く山岡に向く。 「山岡。日曜日。俺と一緒に、会ってくれないか?」 「っ…」 真っ直ぐに向けられる日下部の視線に、山岡が息を詰めて、グッと押し黙る。 「俺はおまえを、生涯ただ一人、ずっとずっと大切にする」 「っ、日下部、せん、せ…」 ジッと真剣な目で見つめられ、山岡の瞳が潤んで揺れた。 「必ず、幸せにする。だから」 「っ…」 「俺の両親に、会ってくれ」 ふわり、と花が綻ぶように告げられたその覚悟と願いは、まるで誠心誠意の込められたプロポーズのようで。 「よ、ろこ、んで…」 へらりと泣き笑いになった山岡の、精一杯の返事が、小さく小さく紡がれて、日下部の耳にふわりと優しい温かさを運んだ。

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