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第295話
そのまま、ぎこちないながらも、家族団欒と呼べる昼食をダイニングでとり、山岡と日下部は、家に帰ることにした。
「泰佳さん、千洋さん。またいつでも遠慮なくいらっしゃいな」
見送りに玄関まで出てきた母が、にこりと笑う。
「私、本当は、いつか千洋さんが連れてくるかもしれない女性を…娘ができるのを楽しみにしていたのだけれど」
「母さん?」
「ふふ、こんなに可愛らしい息子が増えるのも、悪くはないわ」
「っ…」
そっと手を持ち上げた日下部の母が、ふわりと山岡の手を取る。
「ねぇ?泰佳さん」
「はぃ?」
「うちの父子(おやこ)を、どうぞよろしくお願いしますね」
ふわりと無邪気に微笑む日下部の母に、山岡がほんのりと目を細めてコクリと頷き、日下部と父がとても嫌そうに顔を見合わせて眉をひそめた。
「この人と一括りにしないでくれる?」
「千洋と一緒に括らないでくれ」
ムッと吐き出した2人の苦情が完全に被り、今度は山岡と母が目を見合わせてクスクスと笑う。
「ふふ、これをどう括らないでいられましょうか」
「本当、そっくりですよね」
「麗子?」
「山岡?」
ジロッ、ギロッと母と山岡を睨みつける父と日下部のタイミングまでまったく同じで、母と山岡の笑いはますます止まらない。
「これでいて、仲がいいのよ、結局この父子は。ねぇ?泰佳さん、私たちも、負けずに仲良くしましょうね」
「はぃ」
「娘ではなかったけれど、こんなに綺麗な息子ができたのですもの…まずは今度一緒にショッピングとか。それから一緒にお料理も。それからそれから…」
悪戯っぽく目を細めながら、母が指折り山岡としたいことを数えていく。
それを見た日下部が、ハッと慌てて、山岡の身体を母の手から奪い取った。
「母さん。俺のだから!」
ぐっと山岡を引き寄せて、日下部が警戒心も露わに母を威嚇する。
「あら。まさかこの千洋さんが、実の母にやきもち?変わるものね」
「っ…」
「本当に、今日は驚くことばかりだわ」
クスクスと笑う母は、けれどもとてもとても幸せそうな顔をしていた。
「はぁっ、山岡、もう行こう」
「あ、は、はぃ…」
「母さんも。俺がいないときに、勝手に山岡と会うなよ?」
「ふふ、それはどうかしら?」
にこにこと微笑みながら、スマホを意味深に振ってみせる母に、日下部の眉が顰められる。
「山岡、教えた?」
「っ…」
日下部の冷ややかな視線に、ブンブンと首を横に振る山岡を見て、母がますます悪戯っぽく微笑んだ。
「私を誰だとお思い?」
「っ…あなたか」
母の言葉に、ギロッと日下部の視線が向くのは、その隣で黙っていた父親の方だ。
「どうせ山岡の身上調査はとっくにしているのはわかっていたけど、プライベートな携帯番号まで調べ上げるとか、どんなルートを持っているんだよ」
犯罪だろ、と嫌な顔をする日下部に、父はシラッとそっぽを向いていた。
「はぁっ、なんかごめんな。こんな両親で」
「え?いえっ、そんな」
「とにかく、この母に呼び出されても、応じなくていいから。っていうか連絡が来たら俺に教えろ」
な?と頭をぽんぽんと撫でられて、山岡が微かに目元を染める。
「だから、息子のイチャイチャするシーンなど、見たくない。見せるな」
はっ、と鼻を鳴らした父に、日下部の目が意地悪く細められた。
「愛し合ってるもので」
にこりと笑って、ますます見せつけるように、山岡の肩を日下部が抱く。
「はぁぁぁっ、これが本当に、あの千洋か」
「正真正銘、あなたの息子です」
ゆるぎなく言い切った日下部に、父の目が微かに揺れた。
「あなたも。忘れずにきちんと病院に来いよ?」
「あぁ」
「じゃぁまた病院で」
ふっとクールに笑って、山岡を促して踵を返した日下部を、両親がそろって見送っている。
「またな」
パタン、と閉じていく玄関のドアの向こうから、何か呟いた父の声が聞こえた。
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