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第309話
※attention
当エピソードは死ネタ(登場人物の死)を含みます。苦手な方、ご不快に思われる方はご注意下さい。(309〜360話)
なお、主要人物(山岡、日下部、原、谷野)は死にません。ご安心下さい。
以上をご了承の上、大丈夫な方のみどうぞ↓
そんなこんなで、忙しいながらも、通常通りの日常が戻ってきた、ある日の病院内で。
ふと、たまたま検査室に向かう途中の廊下を、テクテクと歩いていた山岡が、ちょうど角を曲がったところで、たまたま向かいから歩いてきていた白衣の女性と衝突した。
「っ、あ!すみませんっ…」
ファイル片手に、チラチラとそれを見ながら歩いていた山岡の前方不注意だ。
「ったた…。いえ、こちらこそ、すみません」
そちらはそちらで、なにかの書類データを見下ろしながら歩いていたらしい女性が、足元に書類をぶちまけていた。
「あは」
やっちゃった、と笑いながら、パッとしゃがみ込んだ女性を見て、山岡も慌てて膝を折る。
「て、手伝います」
「ありがとうございます」
ふわりと微笑んだ女性の白衣の胸元で、名札がちらりと揺れていた。
「あー、薬剤部の方でしたか」
どうりで見かけない、と呟く山岡に、女性がふと顔を上げてにこりと微笑んだ。
「はい、新米薬剤師なんです。里見玲来 といいます」
「薬剤師…」
「あなたは、医師の、山岡先生?」
「えっ?」
「消化器外科」
ふふ、と笑いながら、トンッとやっぱり山岡の白衣の胸元についていた名札を指で突いて、里見が小首を傾げた。
「同じく外科医の、日下部先生と2大イケメン」
「えっ?えっ?」
「ふふ、噂通り」
にっこりと、楽しそうに笑った里見に、山岡は目を白黒させながらプシューと俯いた。
「あ、の、あまり見ないでください。それからこれ、はい」
パパッと拾い集めた紙類を、サッと差し出した山岡に、里見がふわりと微笑む。
「ありがとうございます」
すっと手を出してそれを受け取ろうとした里見の手が、不意にギクリとしたように動きを止めた。
「っあー…っと」
すでに書類を手渡す気満々だった山岡の手から、紙類は離れている。
受け取り損ねた里見の手の隙間から、せっかく拾い集めた書類が、再びバサバサと床に散らばった。
「あ…。大丈夫ですか?すみません」
「い、え…。私がもらい損ねてしまって」
こちらこそすみません、と微笑む里見の目が、微かに動揺を映していた。
「あの、里見先生?」
もう1度拾い直す様子もなく、落ちてしまった書類を見下ろしているだけの里見に、山岡の目が不思議そうに揺れた。
「あっ、いえ、拾います。拾い直しますねっ」
ハッとしたように軽く瞠目した里見が、慌ててパパッと書類を拾い直し始めた。
「本当、お手数をお掛けしまして、申し訳ありません」
「いえ」
スッと立ち上がった里見が、今度はしっかりと書類を腕に抱えて頭を下げた。
同じように立ち上がってふわりと微笑んだ山岡の目は、けれどもジッとその里見の手元に向いていた。
「山岡先生?」
「あ、いえ。えっと、ではオレはこれで…」
「はい。本当に、ありがとうございました。お互い、前方には気を付けないとですね」
「はは、そうですね」
にこにこと笑いながら、2人はそれぞれ自分の向かう方向へ別れていった。
「だーかーら、マジなんですって。マジで天使」
ぎゃう、と喚く原の声が、医局の空気を震わせている。
「ふっ、山岡以上に可愛い人など…」
シラッと日下部がノロケともなんともつかない切り返しをしたところに、ガチャッとドアを開けて、山岡が入ってきた。
「お疲れ様です…って、なにかオレの話です?」
ふと、入って来る瞬間、自分の名前が聞こえた。山岡は、相変わらず原に絡まれ、揶揄い返しているらしい日下部を見て、コテンと首を傾げた。
「クスクス、グッドタイミング」
「え?」
「いや、そこの原がな、薬剤部の新人で、ものすごく可愛い天使のような女性を見たとかほざいているから」
「天使…?」
「この世で一番可愛いのも、天使なのも、山岡だって言い返していたところなんだけど」
にこりと微笑み、山岡が恥ずかしがるのを分かっていてサラリと言い放つ日下部に、分かっていても山岡の頬が朱に染まる。
「くっ、さかべ、先生っ…?」
やめてください、と涙目になりながら、持っていたファイルで顔を隠してしまった山岡を、日下部がにやにやと見つめる。
「ふふ、ほんと、かーわいい」
ほら、と、なんの自慢か、原に向かって得意げな顔をする日下部に、原の目がジトーッと据わった。
「本当、この色ボケオーベン」
「へぇ?言うね」
「っ…お、れは、本当のことしか言ってませんからねっ」
日下部の、意地悪な色を含んだ声音に、原の身がギクリと強張る。けれどそこはさすがというかなんというか、キッとすぐさま反論に出るあたりは、原も随分と日下部に鍛えられたらしい。
「チャレンジャー…」
こっそりと、ファイルの陰から顔を覗かせた山岡がポツリと呟くのを面白そうに日下部が見て、原は変わらず日下部に食って掛かっていた。
「あ、でも、薬剤部の新人さん?」
ガウガウと日下部に噛みついている原を眺めながら、山岡がふと思い出したように呟いた。
「はい!マジで超可愛くて」
「あー、多分、ですけど、オレさっき、その人と会ったかもです」
新米薬剤師だと言っていたしな、と思い出す山岡に、原がガバリと食いついた。
「えっ!マジですかっ?」
「あ、はい、多分…」
山岡は気圧されながらもコクコクと頷く。
それを見ながら、日下部が不意に呟いた。
「会った?」
「えーと、はぃ。まぁ、会ったというか、ぶつかってしまったといいますか…」
へらりと笑った山岡に、日下部の視線がジロリと向いた。
「ぶつかったって…おまえまた、ながら歩行していたんじゃないだろうな?」
おい?と声を低くする日下部に、山岡が小さく身を縮める。
「この間もカルテを読みながら歩いていて、看護師とぶつかってたよな?」
「あ、えーと、その…。う、すみません…」
「ったく。相手がスタッフならまだマシだけど。患者さんだったら大ごとになることもあるんだぞ。気をつけろって言っただろう?」
「はぃ…」
「まったく。次にそんな話を聞いたら、その時は指導だな」
もちろん、お仕置きつきでな、と囁いた声は山岡の耳元だけの話で、途端にザッと青褪めた山岡の顔を、原が不思議そうに眺めている。
「き、き、き、気を付けますっ!」
もうしませんっ、と焦って日下部から遠ざかる山岡を、やっぱり原が不思議そうに見つめる。
「それで?」
「え?」
「ぶつかったってことは、少しは会話もしたんでしょ?」
スゥッと目を細める日下部は、大体の状況に想像がついたらしい。
ピタリと当ててくるその視線に俯いていきながら、山岡がコクリと頷いた。
「えっ、マジで?マジっすか?山岡先生」
「はぃ」
「マジで可愛かったっすよね?天使でしたよねっ?」
「あー、えーと…」
そろり、と上目遣いに日下部を窺う山岡は、これに頷いたら日下部の機嫌がどうなるかくらいはさすがに分かっている。
なるほど、馬鹿ではない。だけど、原の勢いに押されてしまうのも山岡で。
「い、一般的には、そう形容する部類の容姿かなと…」
「でーすよね!で、名前とかっ、もしかして分かっちゃったりします?」
ワクワク、といった形容がよく当てはまる原の視線に、山岡はもそりと頷きながら、さきほど衝突事故を起こしてしまった相手の名札を思い浮かべた。
「里見玲来さんって」
「ふわーっ、名前まで可愛い!玲来さんっすか~」
「あっ、あのでも、その…」
大事にその名前を抱き締めるようにうっとりとした原に、山岡は慌てて顔を上げた。
「はいっ?」
「あ、その…あの、里見先生には、あまり深入りしない方が…」
ふらりと視線を揺らしながら、ぼそりと呟く山岡に、日下部が怪訝そうに眉を寄せ、原が悲痛そうに顔を歪めた。
「そんな。なんでっすか?おれじゃぁ相手にならないとか?そりゃ滅茶苦茶天使でしたけど。希望はゼロじゃないはずですっ」
「あ、いえ。そ、そうですよね。ごめんなさい」
へにゃりと謝った山岡に、原が1人、まずは知り合いになるぞ大作戦などと喚きながら、気合を入れまくっていた。
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