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第311話

           * 「っは~、今日も疲れた」 くんっと伸びをして、自宅のソファに沈んだ日下部に、山岡が小さく微笑んで「お疲れ様です」と頭を下げている。 「ふふ、おまえも疲れただろ?」 またオペの最速記録を更新してなかったか?と笑う日下部が、悪戯っぽく目を細めた。 「えーと?」 どこからそういう話を…と困惑する山岡に、日下部はおどけてウインクを飛ばして見せて、さてね?と肩を竦めて笑った。 「本当に頼りになるよ、主治医様」 クスクスと笑う日下部の、その言葉の意味はたった1つだ。 「お父様…」 「うん。放射線の効果を考慮して、手術日、大体の予定が立ったんだろう?」 「はぃ」 こくりと頷く山岡を、日下部がシュルシュルとネクタイを解きながら振り返った。 「ん」 「え…?」 「んっ」 ほら、と、ソファの背もたれに仰け反って、後ろの山岡に顎を突き出して見せる。 「な、なんですか?」 「だ、か、ら!」 おろおろと困惑するだけの山岡に、今度は分かりやすく唇もムッと突き出して見せた日下部に、山岡がようやく合点がいった表情を浮かべて、カァァァッと頬を赤くした。 「ただいまのキス。いや、おかえりのキスかな?」 一緒に帰ってきたのだから、どっちがどっちもないだろうけれど。 はーやーく、と催促する日下部に、山岡がおろおろと、困惑したまま眉を寄せた。 「な、なに可愛いことしてるんですか…」 なにか変なものでも食べたんじゃ、と視線を彷徨わせる山岡に、「可愛いのはどっちだ」と、日下部がクスクス笑う。 「キス。してくれなきゃ、今日はもう、晩御飯作らない」 ツーンと唇を尖らせて拗ねた声を出す日下部に、それが演技だと分かっていて、山岡はワタワタと慌てた素振りを見せた。 「それは困ります。お腹空きました」 食に頓着のない山岡が、その脅しで本気で困るわけがない。 だけど日下部にキスをするための理由が出来たことで、山岡の背中が後押しされる。 そろりと上半身を折り曲げて、そっと日下部の顔に自分のそれを近づけていった山岡の唇が、ちょん、と日下部の唇に触れた。 「クスッ…」 「んっ。んーっ?」 触れるだけの可愛らしすぎるキスで去っていこうとした山岡のネクタイをグッと掴み、後頭部にもう片方の手を添えて、強引に口づけを深くする。 山岡は驚いて、唸りながら暴れていた。 そんな抵抗も楽しいと、日下部は喉の奥でクスクスと笑いながら、ピチャピチャとわざとらしく音を立てて山岡の口内を舐め上げた。 「んっ、あっ、ぷはっ…」 「ふふ、かーわいい」 たっぷりと日下部に口内を蹂躙された山岡は、顔を真っ赤にしてゼィゼィと荒い息をついている。 キッと睨んでくる目は涙目で、それがまた楽しくてたまらないと、日下部は濡れて光った山岡の唇をツンとつつきながら満面の笑みを浮かべていた。 「さてと、じゃぁ夕食の準備でもしますか」 「っ~~!」 「山岡は休んでてな。それとももしかして勃っちゃった?」 ふんっ、と腹筋を使って一気にソファから立ち上がり、日下部が目を眇めて山岡を振り返る。 「食事の支度ができるまで、先にシャワーでも浴びてる?」 クスクスと悪戯に笑う日下部に、山岡は真っ赤な顔をさらに色濃くして、「必要ありませんっ!」と大声で叫んでいた。 「そう?じゃ、後で一緒に入ろう」 そういう意味だよね?と笑う日下部に、まんまと嵌っているのは山岡だ。 「あ、え、それは、そんなぁ…」と今度はへにゃりと眉を下げる仕草に、日下部の楽しげな笑い声は止まらなかった。

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