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第328話
そうして、互いに医局でバリバリと仕事を片付けて、夕方。
本日カンファで決まったセカンドオピニオンの説明資料をまとめ終えた山岡が、ふらりと腕の時計を見下ろした。
「あ、もう6時…」
「んんーっ、疲れた~。ん?何?時間?」
待ち合わせ?と積みあがったファイルの向こうからひょっこりと顔を出す日下部に、山岡はすっかり見透かされていることに驚きながらコクリと頷いた。
「そっか。じゃぁ行くか」
決戦のとき、だなんて冗談めかして笑う日下部に、山岡も苦笑を返しながらゆっくりと資料を机の隅に寄せた。
「出られます?」
「うん。完璧。急患もなさそうだし、さっさと逃げよう」
帰ろうと思ったタイミングで出てしまわないと、いつ呼び出しで駆り出されるか分かったものではない。
悪戯っぽくウインクをして見せた日下部にますます苦笑を深めながら、山岡もよいしょと椅子から立ち上がった。
「あれ?そういえば、原先生は?」
カンファ後、そういえば原の姿を見かけていない。
いつもならこの時間、日下部に絡み絡まれながら、デスク仕事をしているはずなのに。
「ん?あぁ、あいつなら、カンファ後今日は時間休取って帰ったよ」
「え…?」
「なんか今日はちょっと気分が優れないんだって。ま、仮病っていう顔色でもなかったし。疲れが溜まったんだろ。特にオペがあるわけでも急ぎの仕事があるわけでもなかったから、ゆっくり休めって帰らせたよ」
「そうですか」
「なに?何か用があった?」
「いぇ、そういうわけではないんですけど…」
オレのせいかな、と考えながら、曖昧な笑みを浮かべた山岡に、日下部が不思議そうに首を傾げていた。
「ま、おまえのアッペという前例もあるし、軽く診てやったけどな。あれは過労だ。過労。努力家なのはいいんだけどな、どうも加減がいまいちというかガキというか使えないというか」
猪突猛進。体調を顧みずに頑張り過ぎだ、と笑う日下部に、山岡は曖昧に微笑んだまま小さく頷いた。
「だから原なら、明日はケロッとして出勤してくるだろ。ほら、早く出ないと、急患でも運び込まれたらたまらないぞ」
急げ、と笑って白衣を脱ぎ去る日下部に倣って、山岡もするりと肩から白衣を滑り落とした。
そうして連れ立って病院を後にした山岡と日下部は、山岡の案内で、病院からは少し離れたこじんまりとしたイタリアンに足を向けていた。
女性が好みそうなお店のチョイスは、山岡のものではないだろう。
連れて来られた店舗を見回して、日下部はそんなことを考えながら、チラリと隣の山岡を見つめた。
「あ、里見先生」
ぐるりと店内に視線を走らせていた山岡が、すでに席についている里見を見つけた。
ふぅん、と薄く目を細めた日下部が、するりと山岡の腰を抱く。
「え?なっ、ちょっ、日下部先生っ?」
人前だと焦る山岡ににっこりと笑って見せて、日下部がクイッと店内に顎をしゃくって見せた。
「いいから、ほら。待ち合わせなんでしょ?手を振っているよ?」
こっちこっち、と言わんばかりにプラプラと手招きする里見に、山岡はワタワタとしながら足を踏み出す。
日下部と里見を忙しなく見比べて、完全に挙動不審になっている山岡に、日下部が可笑しそうにクスリと笑みをこぼした。
「俺のだからねぇ」
「え?」
「いや、なんでもない。それより、ん」
ついたよ、と首を傾げる日下部に、山岡がハッとする。
いつの間にエスコートされていたのやら、気づけばすでに里見が座ったテーブルの前にいた。
「あ、えっと、里見先生、こんばんは。お待たせしました」
「いいえ~。ふふ、本当、お熱いですね」
「あ、や、これは、その…だからっ、日下部先生っ…」
あわわ、と困惑気味に里見には言い訳をして、後半はこっそりと日下部に叫んで涙目を向けている。
なんとか腰を抱く日下部の手を引っ剥がそうとしながらもがく山岡に、日下部は優雅に微笑んだまま益々強く山岡の身体を引き寄せた。
「う、わっ…ちょっ、ほんとにっ、日下部先生っ…」
トスンと日下部の身体に凭れてしまった山岡が、カァッと頬を真っ赤に染めて日下部を睨みつける。
「ふふ、本当に仲良しなんですね。まぁ、でもとりあえず、どうぞ」
目立ってますよ、と笑う里見に、山岡がハッとして、日下部は周囲の目など気にした風もなく、里見に勧められた目の前の椅子をスッと引いた。
「ありがとう。ほら、どうぞ」
「っ~!ありがとうございますっ!」
日下部が引いた椅子に、ドスンと音がしそうな勢いで山岡が腰を下ろす。
すっかり日下部にエスコートされることに慣れてしまった山岡が自然とそうすることに、日下部の目が嬉しそうに綻んでいた。
「クスクス、すっかり順応したよね」
「へ?」
キョトンとする山岡が、違和感すら持たなくなっていることが嬉しくてたまらない。
ウキウキとした態度を隠しもせずに、するりと山岡の隣の椅子に腰を下ろした日下部を見て、山岡が不思議そうに首を傾げていた。
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