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第331話

「それじゃ、せっかくお洒落なイタリアンだし?何か食べようか」 はい、と、まず山岡に向かってメニューを差し出す日下部に、他2人が揃って苦笑した。 「女性を優先してくれる気はさらさらないんですね」 モテませんよ、と笑う里見に、日下部がひょいと肩を竦める。 「俺は山岡にだけモテていたら十分だから」 「クスクス、本当、ごちそうさまです」 「っ…日下部先生っ、そういうことはですねっ、だから…」 人前です!と怒る山岡を受け流し、日下部が隣からメニューを覗き込んだ。 「へぇ。魚介のパスタとか美味しそうだね。ドリアもいいなぁ。あ、ピザは窯焼きなんだ、捨てがたい」 どれにする?と山岡を窺う日下部に、山岡は相変わらず曖昧に首を傾げる。 「本当、たまにはこれが食べたい!ってならないものかね」 「すみません…」 「あぁ、俺は車だけど、2人は飲んでもいいからね」 アルコール、と飲み物の欄も覗き見て言う日下部に、山岡はふるりと首を振った。 「オレも、ソフトドリンクで」 「私も、そんなに飲めないんですよ」 「そう?」 「はい」 「じゃぁアラカルトでいくつか適当に選んで、シェアしようか」 ちらり、ちらりと山岡と里見を見回す日下部に、2人がコクリと頷いた。 「山岡は自分の好み分かんないだろ?里見先生は…女子ってそういうの好きだよね?」 「はい!あれもこれも食べたかったので、ぜひ」 数種類食べられるの嬉し~、とはしゃぐ里見に、正解、と笑って日下部が、メニューをひょいと山岡から取り上げた。 「里見先生、苦手なものと、これはマストってのある?」 「苦手は大丈夫です。欠かせないのは、トマト系パスタかな」 赤いのがいい、と主張する里見に、日下部がこれなんかどう?と、メニューの文字を指さしている。 「はい、最高です」 「山岡の胃袋も考えて、後はこれと、これと、これ?」 「はい!いいと思います」 組み合わせや量を考えて、日下部がするすると注文する料理を選んでいく。 さすが!スマート!と絶賛しながら、里見がコクコク頷いていた。 そうして山岡の意見は特に介入せず、どうやら先ほどからずっと、異様な雰囲気を醸し出して話し込んでいた3人に、声を掛けるに掛けられずに様子を窺っていたウエイターが、様になった仕草で手を上げた日下部に、ホッとしたように表情を緩ませて近づいてきた。 ようやく呼んでもらえた、と思ったのだろう。安堵の空気が半端ない。 「ご注文ですね」 「はい」 代表で、日下部がサラサラと流暢に注文を済ませるのを、里見と山岡が大人しく眺めていた。 そうして、頼んだ料理が次々に運ばれてきて、3人はたわいもない雑談を交わしながら、美味しく料理を平らげていった。 事あるごとにちょびちょびとイチャつく山岡と日下部に、里見が朗らかに笑いながら「ごちそうさまです」なんて悪戯なウインクをしてみせる。 そのたびに恥ずかしそうに俯いてしまう山岡と、完全に確信犯、牽制だよ、と嘯きながら山岡の反応を楽しんでいる日下部を、里見が始終羨ましそうに見つめていた。 すっかりお腹も満たされ、この場は日下部のおごりとなった里見が、「色々な意味でごちそうさまでした」なんて笑いながら、店を出てペコリと頭を下げる。 軽く微笑むことでそれに答えた日下部が、ゆるりと首を傾げた。 「送ろうか?」 「え?いえ!これ以上、お2人のお時間を邪魔するのは。それにもうお腹いっぱいです」 ふふ、と悪戯っぽく微笑みながら、プラプラと手を振る里見が、ゆっくりと駅の方角へ足を向ける。 「そ?じゃぁ、気を付けて」 「はい。今日はありがとうございました」 ペコンと会釈を1つ置いて、里見は危なげなく歩いていく。 「里見先生っ…その、ま、また明日っ」 「は~い。日下部先生に、睨まれてしまわない程度に、頼りま~す!」 さようなら~!と、遠ざかっていきながら、ブンブン手を振る里見を2人が見送る。 「ふふ、病人には見えない」 「そう、ですね…」 「心配?」 「はぃ…。少し」 「おまえのその優しさがとても尊くて、少し憎い」 クスクスと笑う日下部が、目を細めて里見の背中を流し見る。 「っ…?日下部先生?」 「俺だけに、おまえの心のすべてが向いていればいいのに…」 子供みたいな独占欲、とクスリと笑って見せた日下部の、整った顔が間近に迫る。 「え、ちょっ、あの…ここ、外…っ」 しかも人の往来がある路上、と焦る山岡を華麗に無視して、日下部が掠め取るようなキスを1つ。 チュッと触れて離れた唇に、山岡がボンッと顔を真っ赤にして俯く。 「愛しているよ、泰佳」 こっそりと、耳に吹き込むように囁かれて、山岡はその場に完全にフリーズした。

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