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第332話

翌日、朝から揃って出勤してきた山岡と日下部は、医局でイチャイチャ…もとい、顔と顔を突き合わせて、例の移植患者への説明日程を擦り合わせていた。 「オハヨ~ゴザイマス」 しゃきっとしたケーシータイプの白衣姿で、ひょっこり顔を見せた原が、2人の距離の近さを視界に捉え、ぎゅっと眉を寄せた。 「なん…っ」 「あ、おはよう、原。今日はすっかり顔色いいみたいだな」 「あ、おはようございます、原先生」 ふと資料から同時に顔を上げた日下部と山岡が、呑気な挨拶の声を響かせる。 そのあまりにほのぼのとした様子に苛立ちを滲ませた原が、ズカズカと医局の中に入ってきた。 「っ~~!アンタっ、山岡先生の裏切りをっ、忘れたわけではないですよねっ?」 ガウッと勢い込んで日下部に食って掛かる原に、日下部が可笑しそうに笑い声を立てた。 「だから、絶対誤解だろうって、言ったじゃない。山岡が俺を裏切ることなんてありえない」 「っ、でもっ…おれは、2度も見てっ…」 密会の件と、抱き合っていたシーン。あれの何が誤解だ、と叫ぶ原を、山岡は困ったように見つめた。 「クスクス、だから誤解だって。もし本当に山岡が浮気していたんだとしてみろ?俺がこいつを無事に済ますわけがない」 「は…」 「そんなことを本当に山岡がしたら、2度と余所見できないように、閉じ込めて監禁して、俺以外の目に触れないように俺だけの世界に攫ってやる」 「ちょっ、日下部先生…」 「怖っ…って、アンタなら、そりゃ、そうしそうですけど…だけどでも…」 「だから、誤解だって言っているだろう?山岡が無事にここにいるのがその証」 な?と笑う日下部に、山岡が曖昧に微笑んで、原がなおも疑り深そうに眉を寄せた。 「でも…。っ、だったら…だったらおれが、玲来さんにアタックしても困りませんかっ?」 日下部の様子をジッと窺ってから、山岡をキッと睨み据えて言い放つ原に、山岡はストンと俯いた。 「それは…」 「ほら…」 「っ、それは、オレは…」 もごもごと言い淀んでしまう山岡に、原が「ほらみたことか!」と日下部に得意げに向き直った。 「はぁっ…。別に構わないよな?山岡先生?」 「っ…」 「まぁ、俺は彼女が、原先生の手に負えるとは思えないけどね」 クスクスと笑う日下部に、原が「何をっ?」と好戦的に視線を鋭くし、山岡が困ったようにくしゃりと表情を歪めて顔を上げた。 「会ったんですか?話したんですか?日下部先生も、玲来さんと」 「まぁね。だって、誤解を解いてもらうには、本人同士に確認を取るのが一番じゃない」 「っ~~!なんでっ、おれだけ…」 蚊帳の外。そう悔しそうに唇を噛む原を、日下部が思いやるように見つめた。 「あれはとても難しい女性だよ。それでもきみは、突き進む?」 挑むように目を細める日下部に、原の目がギラリと鋭さを増した。 「山岡先生といい、日下部先生まで…っ。なんですか。そんなにおれに見込みがないっていうんですか。意地悪が過ぎます!」 「忠告はしたよ」 「っ~~!でもっ、先輩方がそう言って下さってもっ、気持ちなんてどうしようもないですもん。おれは…諦めません」 ぷん、と不貞腐れたようにそっぽを向いた原が、「突撃してやります」と呟いて医局を出て行った。 「あ…」 「はは。まったく、こうと思ったら一直線か。あの性格」 何に対しても同じだな、と笑う日下部を、山岡が困惑の表情で見つめた。 「ん?」 「いぇ。だけど原先生…」 「うん。どう転がるかは分からないけどね。これはさ、原の領分だと思うよ」 「日下部先生…」 「ここから先はさ、外野がどうこう画策したところで、知れるものは知れるだろうし、それで原がどう考えてどう行動するかはさ、もう、原が決めることだよね」 「っ、それは…はぃ」 「原が自分で考えて、自己責任で、原の思うようにするしかない」 「っ…はぃ」 「まぁヒヨッコとはいえ、原も大人なんだ。これ以上は、俺たちがどうこう言えることでもない。ただ」 「はぃ」 「ただ、あいつが転びそうになったら、そっと支えてやるくらいはする覚悟でいるよ。可愛いペットだからな」 「ペットって…」 はは、と苦笑する山岡だけれど、日下部のその言葉が可愛い弟子(ペット)だと言っていることは、きちんと理解していた。 これでいてこの人は、いいオーベンなのだ。 「クスクス。さ~て、それより、俺たちの最重要案件は、こっち、こっち」 「あ、そうですね」 「これさ、ドナーの候補なんだけど…」 「…で、そうですよね。もしも一緒にいただけるなら、その方が…」 「だよなぁ。とりあえず、明後日すぐにでも…」 「はぃ…」 またも原がキレそうな距離で顔を突き合わせる山岡と日下部の目は、ピリピリと真剣なものになっていた。

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