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第338話

その2日後。 「ムフ。ムフフフ…」 にやり、にやりと手の中の紙切れを見下ろしながら、医局で原が顔をだらしなく緩ませていた。 「うふっ、ふふふ」 「……」 「ん~っ」 ちゅぅっ、と、その紙切れに熱烈なキスまでし始めたところで、ようやく隣にいた日下部の、深い溜息が落ちた。 「はぁぁぁぁぁっ、なに。さっきから気持ち悪いんだけど」 構ってオーラを放ちまくっている原に、乗るのは非常に不本意だけれど、と言わんばかりに顔を歪めた日下部が、げっそりとした声を上げている。 「え~?えへへ、ふふ、聞きたいですか?聞きたい?」 「まったくもって興味ないんだけど。鬱陶しいから、さっさと話せば」 にやにやと、笑み崩れた顔を面倒くさそうに見て、日下部がプラプラと手を振った。 「んふ、あのですね、ジャーン!これ、なぁ~んだ」 「は?」 やたらと得意げに、掲げられた紙切れに、日下部の冷え切った視線が向く。 「んふふふ、よ~く見て下さい。あ、でも覚えちゃ駄目ですよ?」 「だから、なに」 「ふふっ、なんと!これは!玲来さんの、プライベートナンバーでっす!」 どうだ!と胸を反らせる原に、日下部の目が完全に胡乱なものに変わった。 「あっそ」 「あ~っ、なんですか、その反応。すごいでしょ~。おれやるな?って思いません?褒めていいですよ~?んふふふ」 「別に」 「だぁっておれ、あれからもめげずにアタックして、どうにかこうにか、熱意と情熱を分かってもらえたんですよ~」 「ふぅん。ヨカッタナ」 「玲来さん、病気のことは前向きに頑張って下さるって。おれとはまずは、友達からってことですけど。プライベートナンバーですよ?デートの約束も取り付けたんですよ?お食事デート。あぁ、どこに行こうかな。いい店、日下部先生ならたくさん知っていますよね?」 ヘルプミー、と笑み崩れただらしない顔のまま頼ってくる原に、日下部が疲れたように苦笑していた。 「きみにも春か」 「えへへ〜」 だけどそれは、相当な試練の恋だけれどな、とは内心のみで、日下部はそのまま視線をスゥッと鋭くする。 「まぁ、楽しそうで何よりだけどな、原」 「っ、うぁっはい!仕事!仕事ですよねっ?やります。頑張ります!バリバリこなします!」 きみね、と呆れた目を隠しもせずに厳しめの声を出した日下部に、浮かれ切っていた原がハッとして、慌てて手元の書類をバサバサとデスクに広げ始めた。 「ま、仕事を疎かにしなければ、恋愛を楽しむのはいいことだと思うけれど。あまりそちらばかりに傾倒するなよ」 「はいっ。適度にっ、ほどほどにします!」 「ん…」 共倒れだけは勘弁な、と笑う日下部に、原が表情を引き締めて、書類仕事に取り掛かった。

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