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第340話

「おはよう」 「おはようございます」 「どう?よく眠れた?朝ごはんはちゃんと食べてきたか?」 朝一番、ナースステーションに向かう前に、医局に顔を出した山岡を、日下部がにこやかな笑顔で出迎えた。 「はぃ。体調万全。ご飯もちゃんといただきました」 「そ、ならオッケー」 いい子、と微笑む日下部に、山岡が「いい子って…」と苦笑を漏らし、すでに出勤していた原が、「アンタはお母さんか!」と、日下部に相変わらずの強気の突っ込みを入れている。 「クスクス、きみは本当に懲りないねぇ」 アンタって…と意地悪ぅ~く笑う日下部に、原の身体が面白いほどに硬直した。 「ッ…す、みませんっ」 「ふふ。まったく。本当に、コレに助手なんて任せちゃって、良かったかなぁ…」 自分の判断に自信なくなってきた、と笑う日下部は、今日の父の手術の布陣に、原の名前を入れていた。 「まぁ第二助手ですし。光村先生も、前立ちもベテランの先生ですし、問題ないと思いますよ?」 「うん。分かってる」 ただの嫌味だから、と苦笑する日下部に、山岡がコテンと首を傾げている。 原は原で、暴言の罰に、助手を外した方がいいかい?と遠回りに言われたことを分かっていて、純粋な山岡のフォローに勝手に滅茶苦茶感謝していた。 「本当!マジ天使!女神!山岡大先生様~」 「な、なんですか…?」 「クスクス、本当、現金。ほら、朝カンファ行くよ」 山岡も、と笑う日下部が、デスクの上からひょいとファイルを持ち上げて、パコンと原の頭を叩いている。 「った!はぁ~い」 「そうですね。時間です」 ヒラリと白衣の裾を翻して医局を出て行く日下部に、原がタタッと足早に続き、山岡がその反対側の隣をついて歩く。 「今日ですね」 「うん。午後1時。さすがにドキドキする」 「はぃ。全力を尽くします。あ、日下部先生も、中に入ります?」 手術に直接関わるスタッフに名前は入っていなかったけれど、同じ病院、同じ科の医師だ。手術室内で立ち会いは可能だ。 「ん~。俺は、やめておく。モニター室で、大人しく見学させてもらっておくよ」 原の指導医も、今回1回に限り光村が代わってくれるという話がついている。 日下部が手術室内に入る必要性は、とりあえずない。 「そうですか?」 「うん。やっぱり目の前で、父親の身体が切り刻まれていくのを見るのはね…。残念ながら、冷静でいられる自信がない」 無理だと思う、と小さく微笑む日下部に、山岡が静かに頷いた。 「アンタも人間だったんですね~」 ケロリと暴言を落とすのは原で、ここまでくるともう懲りないレベルの話じゃなくなってくる。 「きみ、わざと?ほんと、どMだよね…」 お馬鹿なの?と笑う日下部に、原の顔が「しまった」と歪んでいるのが可笑しくて、山岡がクスクスと笑った。 「ま、人間離れというなら、山岡先生の方だよね」 「えっ?オレですか?」 「緊張。まったくしてないだろ」 その緩い笑顔、と指摘する日下部に、山岡がコテンと首を傾げた。 「していますよ?それなりに」 だから、今日は恋人の父親の手術日…うんぬんかんぬん。 「それなり。ふふ、それが適度ないい感じなだけなのが、本当、すごいと思う」 「まぁ、オレは、オレに出来ることを全力でするだけですから」 自分の力量を信じて、命とただ真っ直ぐに向き合う。 そんな山岡だからこそ、過度な緊張は見せないし、過剰な自信のなさも持つことはない。 「そんなおまえだから、俺は魅せられて、魅入られた」 「っ、は…」 にこりと微笑む日下部に、山岡がボッと顔を真っ赤にして固まって、後ろで原が呆れたように笑い声を立てた。 「朝からノロケとラブラブっぷりを見せつけてくれなくていいですよ、クソオーベン」 ケッと変わらぬ暴言を原が吐き捨てたところで、ちょうど3人はナースステーションにたどり着いた。 いつもの日常が、いつも通りスタートする、そんな朝だった。

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