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第342話

ピッ、ピッ、と規則正しいリズムが、波形を映し出すモニターから刻まれる。 シュコー、シュコーと一定の人工呼吸器の音が、適度な緊張感に包まれた手術室内に響いていた。 「麻酔オーケーです」 落ちました、と告げる麻酔科医の声に、目の前に両手を掲げた山岡が静かに頷く。 それぞれ自分の持ち場についたスタッフをぐるりと見回して、山岡は1つ、深呼吸をした。 「それでは、始めます」 術式を述べ、「よろしくお願いします」と頭を下げた山岡の声に続き、その場のスタッフたちが一斉に頭を下げた。 「メス」 スッと手のひらを無影灯のもとに差し出した山岡に、パシッと機械出しの看護師から、器具が渡った。 「っ…」 手術の開始したモニター画面を見つめながら、日下部がぎゅっと拳を握り締め、息を詰めた。 流れるように進んでいく山岡のオペの手元を映した画面を見ながら、日下部の全身には、知らず知らずのうちに力が入る。 「あぁ、さすがだ…」 無意識に、ふらりと手元をまるで自分も一緒に手術をしているように動かしてしまいながら、日下部は、その想像通り、そしてそれ以上に的確で迅速な処置を施していく山岡の手の動きをモニター越しに見つめて、感嘆の溜息を漏らした。 「っ!出血…っ、あぁ、あぁ光村先生がいたんだった」 ふと、吹き出した血液に慌てた日下部の視線の先で、スッと画面の外から現れた手が、動揺も焦りもなく対処していく。 「ん?これは原か…」 ここを押さえていてとでも頼まれたのか、また別の手がスッと画面の外から伸びてきて、流麗な動きをしていた山岡の指先から、器具を受け渡されている。 「おいおい、ガチガチじゃないか」 震える指先を眺めた日下部は、ふと術野を映したモニター画面から、別角度を捉えたディスプレイに視線を巡らせた。 そこには、ガチガチに緊張した原の目が、帽子とマスクの間に見えていた。 「あ、そこ、緩めちゃ駄目だろ…」 不意に原の手元が不安な動きをして、ぎゅっと眉を寄せる。俺なら蹴りが飛んでるぞ、と思いながら、何かを横から諭したらしい光村の様子を見守った。 「甘いですよ」と苦笑する日下部の視線の先で、原がふわりと肩から力を抜き、何かコクコクと真剣に頷いているのが見えた。 「あぁ、さすがは外科部長か。伊達じゃない」 持ち直した原を画面越しに見つめながら、日下部がスマートな指導の仕方だな、と感心している。 さすがに音声を切っているこちら側、向こうでどんな会話がなされているかは想像でしかないけれど、光村が紛れもなく良医で、頼りがいのあるベテラン医師だということが分かるような気がした。 「ペアン」 スッと手を差し出す山岡に、間髪入れずパシッと小気味よく器具が手渡される。 佳境を越えたオペ室内に、ほのかに緩んだ空気がじんわりと広がるのを感じた。 「ん…」 不意に、手元の作業を止め、ゆっくりと頭を持ち上げた山岡が、室内に設置されたモニター用のカメラの1つに顔を向けた。 「っ…」 執刀医の顔が写るモニターを視界に捉えた日下部と、画面越しに山岡との視線が絡まり合う。 真っ直ぐに向けられた視線を見つめ返す日下部の視線の先で、山岡がゆっくりと1つ、頷きを見せた。 「ん…っ」 同じくジッとそのモニターに映る山岡の目を真っ直ぐに見つめながら、日下部も静かに顎を上下させる。 「再建完了。縫合に入ります」 「うん、いいね」 ふわりと微笑んだ山岡の目元を日下部が捉えたのとほぼ同時に、スッと逸れてしまった山岡の視線が、その手元に落とされた。 最終仕上げに入る山岡の横で、光村がウンウンと頷いている。 ホゥッと安堵の空気が室内を支配するのと同時に、モニター室でも日下部が、いつの間にか立ち上がってしまっていた椅子に、ガタンと脱力したように座り込んだ。

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