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第346話

ずしりと重い空気を纏ったままの夜が明け、その空気が僅かも払拭されずに迎えた翌朝。 「おはようございます」 「ん、おはよう」 ぼんやりと医局にやってきた山岡は、疲れを滲ませた表情で、ふらりと手を上げた日下部に迎えられた。 そのシャツは微妙にくたびれて、目の下には隠しきれない隈が微かに浮いている。 クタリとソファに倒れ込んだまま、クゥクゥと寝息を立てている原の隣に、その日下部はいた。 「ずっとみていたんですか?」 「ん?いや、薬を使った後は、俺もちょこちょこ休んだよ」 「そうですか。でも、1晩中ついていたんですよね」 「まぁね。叫んで飛び起きる度に、取り乱して錯乱状態に陥るから」 「そうですか…」 「うん。玲来さん、玲来さんって…多分、病院に行ったところで、会えはしないと思うし」 「そうですね…」 きっと状態からして面会謝絶だろう。 「まったく…」 ピンッとよく眠っている原の額を軽く弾いて、日下部が苦笑を浮かべていた。 「おまえは?ちゃんと休めた?」 「あ、はぃ。すみません、仮眠室、使わせてもらっちゃって」 「いや、いいさ。こいつが心配でついていたいと思ったのは俺だから」 むしろ山岡を泊まりに付き合わせた、と言う日下部に、山岡はふるりと首を振った。 「オレも。日下部先生のお父さんの様子が気になるから、初めから泊まるつもりでしたし」 「あぁ、そうだっけ」 さらに衝撃な出来事が重なったせいで、すっかり忘れていた。 昨日は日下部の父の手術という一大イベントがあったのだった。 川崎のときといい、気になる患者のオペ後に泊まるのは、山岡の癖みたいなものだ。 「それで、その後は」 「ん~?特に、状況は変わってないかな。と言っても、里見先生の連絡がうちに入るわけがないんだけどね。上も、静かなものだよ」 「ですね。オレも明け方少しだけ様子を見てきましたけど、状態は安定していました」 日下部の経過は良好で、病棟も静かだ。里見の件はどうなっているのか知る術はないけれど、取りあえず鎮静剤の投与で眠っている原も今は落ち着いてはいる。 「まぁ、こいつが目を覚ましたら、またうるさいだろうけど…。さて、どうしたものかな」 このまま原につききりでは仕事にならないし、だからと言って1人で帰したら、それこそどうなるか分かったものではない。 「無理やり入院させてしまうとか…」 「ふふ、過労、とか?俺も前に1度やられたなぁ」 「え?」 「おまえが眠っていたとき」 クスクス、と笑う日下部は、かつて光村の指示の下、この原と谷野に無理やり眠らされたことを覚えていた。 「ご丁寧に病室のベッドに縛り付けてまでしてくれてな」 「うわ…あはは」 「でも、こいつにそこまでする必要があるかと言えば…」 「ノー、ですかね」 「かな。こればかりはさ、やっぱり、原が自分で考えて、自分でちゃんと折り合いをつけていかなきゃならないことなんじゃないかな」 想いを寄せている相手の、突然の意識不明の知らせ。 同じ経験をしたことがある日下部だからこそ、その辛さは誰よりも理解できる。 それでも。だからこそ。 それに錯乱し、仕事を放り出し、ただ無責任に突っ走っていくのか。 きちんと冷静さを取り戻し、踏みとどまれるか。 「正念場だな」 潰れてくれるなよ…と願う日下部の声が、ぽつりと落ちて、ふわりとその手が原の髪を撫でた。 「ん…。ではオレは、朝カンファの前に、ちょっとだけ病棟を回って来ちゃいますね」 「うん、分かった。俺も、多分もうすぐこいつも目を覚ますだろうから、そうしたらもう1度だけちゃんと話をしてみて…後はこいつ次第だけどな」 様子を見て、カンファに出るよ、と微笑む日下部に見送られ、山岡は静かに医局を後にした。

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