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第365話

「それにしても、本当、少食」 トン、と日替わり定食の乗ったトレイをここだと決めた席のテーブルに置きながら、日下部がちらりと山岡のトレイの上を流し見た。 「へ…?」 きょとんと首を傾げながら、同じく3品ほどのおかずと茶碗が乗ったトレイをテーブルにセットした山岡が椅子を引く。 「だって見てみろ?この差」 デーンとメインディッシュのチキン竜田が鎮座する皿の周囲に、スープとポテトサラダの小鉢、ご飯が乗った日下部のトレーの上に対して、ちまちまと3品のおかずが乗ったスカスカの山岡のトレーを見比べて日下部が笑う。 「ダイエットでもしてるのか、っていうような食事だよな」 「そ、んな、ことは…」 「うん。それ以上痩せるところなんてないし、むしろ抱き心地のためにもう少し肉をつけてくれてもいいんだけど」 「ちょっ、何言って…っ」 真昼間!食堂!と慌てる山岡をよそに、日下部は「いただきます」と両手を合わせて、さっそくメインのチキン竜田を箸で取り上げている。 「ん。うまい」 「もう、日下部先生は…」 サクッ、と美味しそうな音を立ててチキンを咀嚼するシレッとした日下部に苦笑しながら、山岡も丁寧に手を合わせて「いただきます」と頭を下げてから、スッと味噌汁の椀に手を伸ばした。 「クスクス、胃に優しい汁物から?」 空腹なの自覚してるじゃん、と笑う日下部に、山岡が「うっ」と言葉に詰まっている。 「あ~あ、心配」 「え…?」 「食生活。おまえが向こうにいったら、口うるさく注意してやれなくなるな、って」 「っ…」 大丈夫か~?と揶揄うように笑う日下部に、山岡の顔がずるずると俯いて行ってしまった。 「いつ頃向こうへ発つことに…」 「っ、日下部先生っ!」 「へっ?なに?どうした?」 急に箸をぐっと握り締めて顔を上げた山岡を、日下部が驚いて目を軽く見開いて見つめる。 「あ、いえ、その、そんな話より、あの、えっと、日下部さんのことなんですけど」 ふらり、と日下部から視線を逸らしてしまいながら、山岡が手にした箸でつん、とコロッケを突っついた。 「ん?あ、あぁ、あの人?がどうかしたの?」 「いえ、その、そろそろ食事の開始と、リハビリの計画を立て始めたらどうかなって思っていまして…」 つんつん、とコロッケを突きながら、結局器用にそれを2等分した山岡が、片方をひょいと箸でつまみ上げながらチラリと視線を戻した。 「あ~、まぁ、そうだな。順調に回復しているみたいだしな」 もぐもぐと咀嚼していたチキンをごくりと飲み込み、日下部が思案顔をして父の姿をその目に浮かばせている様子だ。 「はぃ。その、どうにもなるべく早く、仕事復帰したいみたいでして…病室も、その、大分…いえ、かなり…」 「酷い?そういえば昨日今日と見に行ってないけど」 「え~と、その、すぐにでも出社したい様子がありありと言いますか、前にもましてオフィスっぷりが…」 「あ~、想像がついた。本当、仕事人間だもんな、あの人」 すでに仕事の書類やらパソコンやらがこれでもかというほど持ち込まれ、そこら中に散乱していた惨状が記憶にある日下部の脳裏に、さらにそれ以上に仕事道具が持ち込まれているのだろう病室が簡単に思い浮かぶ。 「秘書さんが復帰なされてから、どんどん悪化の一途をたどっているんですよね…」 「あ~、そういえばあいつ、一足先に退院していったもんな」 日下部を庇う形での大事故で、脾臓を摘出した秘書が、入院治療を終わらせて退院していったのは、日下部の父の手術と入れ違うくらいの頃の話か。 「オレが強く咎めないのをいいことに、遠慮なく仕事を持ち込んでくださるんですよね…。本人もまた邪魔なチューブがいくつか抜けて、身動きがとりやすくなってしまったものですから、なかなか止めることも難しくて…」 「クスクス。あの秘書相手じゃ、おまえが簡単にやり込められるの、目に浮かぶ。うん、分かった。俺から少し注意してやるのと同時に、退院を視野に入れての療養計画を立てようか」 「はぃ、よろしくお願いします」 主治医は山岡の名になっているが、相談相手として、また日下部千里の家族として、山岡は日下部に細やかな情報を包み隠さず話す。 「ん~っ、あの人の回復っぷりは言うまでもないし、例の彼女も問題なく回復中。順調、順調」 平和だね、と笑う日下部に、山岡は曖昧に微笑んだ。

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