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第409話

「消化器外科、山岡ですっ」 ガバッと救急室に飛び込んだ山岡が、搬送患者と救急医、呼び出された他科の医者でごちゃごちゃした室内で、パパッと状況把握に努めた。 「頭部外傷…熱傷?…腹部外傷っ、3番の患者さんに入りますっ!」 運ばれてきた処置台の上の患者を順番に見ながら、山岡がパッと自分の担当すべき患者を選別して駆け寄る。 「消化器外科、日下部」 「同じく井上っ」 パタパタと、続いて駆け込んできた日下部を一瞬振り返り、山岡がパッとその先の患者を目で示した。 「そちらの患者さん、お願いしますっ」 顔色、呼吸の様子、雑に書かれたホワイトボードの文字を読み取って、山岡に示された患者に、日下部たちが駆けつける。 「お~、これは、なかなか」 「聞こえますか~?お腹、触りますね」 「ルート取れた?血ガス早く」 「皮膚科、松田ですっ」 バタバタ、ざわざわ、様々な声と音が飛び交う中、山岡はジャキジャキと手元の患者の服を裂いていく。 「レ線!ポータブルお願いしますっ」 「ガーゼもっともらえる~っ?」 「はぁっ?まだ受け入れろって?人手足りないって言えっ」 「赤あと1?無理無理無理」 誰のなにに対する返答か、要求か、雑多な音が入り混じり、激しくごたつく室内でも、医師たちはそれぞれに出来ることを全力でこなしていく。 「遅れました。脳外科、松島です」 パタン。 凛とした声を響かせ、軽やかなスリッパ履きの足音を鳴らして、また1人、呼ばれた医師が駆けつけた。 「っ~~、山岡先生っ、そっちどう?」 自分が診ていた患者の方は、1人でも対応可能と診た日下部が、その処置を救急医と井上に任せ、隣でもう1人の患者を診ていた山岡の方を振り返った。 「はぃ、画像を見る限り、外傷性消化管穿孔…小腸、ですね」 「小腸穿孔…緊急開腹オペか」 「そうなります」 「穿孔部閉鎖術。部分切除は?可能性ある?」 「開けてみないとなんとも」 「執刀できる?」 ここ数日、記憶のことを理由に、複雑な処置から離れていた山岡を気遣う。 それが分かっていて、ぐっと1つ腹に力を入れた山岡が、こっくりと頭を上下させようとした、その瞬間。 「VFですっ」 プルルルン、プルルルン、と、1番端の患者のアラームが、けたたましい警告音を発し始めた。 その患者を診ていたのは松島で、どうやら頭部に何らかの損傷を受けているらしい。 「っ、DCチャージ!150!」 バタバタと、騒がしい中、さらに騒然とした空気が上がり、救急室内に先ほど以上の緊張感が漂う。 「離れて!」 ドンッ、と衝撃的な音が響き、ビクンッと跳ね上がった患者の身体に、医師たちの視線がチラチラと向いている。 「駄目か。アミオダロン150ミリ、静注っ」 「はいっ」 バタバタ、ドタドタと、にわかに入り口側の患者の周囲が慌ただしくなった。 「戻れっ。戻れっ。戻れっ…」 「オペ室、緊急オペ準備入りますっ」 「あ~、山岡先生、行ける?」 会話の途中で、思わずVF患者の方に気を取られてしまっていた山岡と日下部が、緊急オペの言葉でハッと自分たちの患者の方を思い出した。 「ぁ、すぐに…」 行く、と山岡がまたも言いかけたところで、ざわっと揺らいだ空気が、入り口側の患者の方から漂ってきた。 「あ、戻ったな」 「みたいですね」 一瞬、ほっと力を緩めながらも、またすぐにググッと締まっていく空気は、まだまだ予断を許さない緊張感の中に、患者の症状があることを示している。 「違うな…」 「松島先生?」 「脳圧すごいし、急性硬膜外血腫だろうけど…血圧下げてる原因は別…。言ってる側から、また血圧下げ止まらない…っ、これは内臓(ナカ)…」 「っ?!山岡先生っ?」 「すみませんっ、その患者さんっ、診せてくださいっ」 またもうっかり入り口側の患者の様子に気を取られてしまっていた山岡が、突然日下部や他のスタッフを押しのけて、松島が診ているその患者の方に駆け出した。 「え?あ、おい?」 こっちは?と慌てながら、チラリと目が合った井上に、緊急オペが確定した患者を視線で示す。 「井上先生っ、3番の患者さんっ、小腸穿孔です、オペお願いします」 「はい?はぁ~っ?」 反射的に山岡の後を追いながら、救急室内を移動する日下部を、突然患者を振られた井上が、驚き呆れて見ていた。 「まぁ、やれというならやりますけども」 無茶苦茶だなぁ、と苦笑しながらも、スタッフたちが何やら張り詰めた空気を醸し出す入り口側の患者の様子が、ただ事ではないと察している。 「いや、でも、助手は?」 「ERから連れて行ってください」 「はいはい、なんとかしますよ、っと」 じゃぁこの患者よろしくね、と周囲の看護師に処置を頼んでいる井上を確認してから、日下部は山岡がすでに患者の様子を診て、画像や検査数値に目を走らせている隣にたどり着く。 「腹腔内臓器損傷による出血性ショック…」 「山岡先生?」 「どこだ。どこだ…どこ…」 カチカチと、パソコン上のCT画像を操作しながら、山岡が必死で目を凝らす。 「っ…これは、もしかして、外傷性膵損傷…」 「え?は?膵臓っ?」 「多分、ですけど。CT…これ」 造影CTでなければ確証はないけれど、膵損傷の疑いが濃厚だと言う山岡の手元を、日下部が覗き込む。 「うぇ。またやけに珍しい症例に…」 その引き、なんなの、と苦い顔をする日下部に、山岡もぎゅっと眉を寄せながら、困ったように首を傾げた。 「確かに、国内では膵損傷の外傷はまれですけど…」 「悠長なことは言ってられないな。どっちにしても出血制御のために緊急開腹オペだ」 「はぃ」 「血圧からして、腹部内に大量出血中」 「主膵管、いってると思います」 「1分1秒を争うな」 すぐにオペを、と顔を上げた山岡の前髪は、いつの間にか輪ゴムで括られ、その美貌が露わになっている。 「ぁ…松島先生。この患者さん…」 不意に、すぐ間近で山岡たちの様子を見守っていた松島がいたことに気がついて、山岡がハッとして目を見開いた。 「はい。急性硬膜外血腫。こちらも、すぐにオペが必要なのですが」 「っ、っ…」 ぐ、と息を詰める山岡に、周囲にいたスタッフたちの空気が張り詰めた。 「他部位同時手術?脳と内臓?無茶だ」 ギリッと奥歯を軋ませた日下部が、手だけは手早く応急処置に励みながら、山岡と松島を交互に見上げた。 「だからって、出血コントロールをしないと、もう保たない…っ」 迷っている暇などない、と叫ぶ山岡が、ギリッと松島に視線を向けた。 「松島先生」 「はい…?」 「血腫の方、猶予は」 「っ、おい、山岡先生っ?」 馬鹿な…と、日下部は山岡が何を言おうとしているのかを瞬時に察して、愕然と目を見開いた。 「すでに意識障害が出ている現状で、数分の猶予もないのが正直なところです」 「っ…それでも」 「それでも、急激な悪化が見られないうちは…開頭は待てます。穿頭で血腫を排出させ、凝固障害を輸血療法で時間を稼いでおくことは…」 松島の言葉を静かに受け止めながら、山岡がジッと己の内の何かと戦っていた。 「っ、無茶だ、山岡先生っ」 「やれる。やれる。やれる…」 「ただの臓器損傷じゃないんだぞっ?膵損傷の疑いありなんだぞ?そんなまれな症例で…」 「でも、開けなければ亡くなります。やれる。やれる」 ジッと自身に言い聞かせるように、深く深く目を閉じた山岡が、ゆっくりと1つ、深呼吸をした。 「いくらおまえでも…っ」 「やります」 ぐ、と1つ、腹に力を入れた山岡が、ゆるりとその漆黒の目を見開いた。 「数分以内に止血。その後、膵臓の切除、吻合…。可能な限り早く、こなしてみせます」 「山岡先生っ…」 「繋ぎますから。脳外科に…。松島先生に、必ず繋ぎますから」 間に合わせる、と力強く頷く山岡に、松島がスッと手を差し出した。 「信じて、お待ちします」 「ありがとうございます」 ぐっと強く、手を握り合った松島と山岡が、真っ直ぐに目を見合わせて頷き合う。ゆるり、と互いの頬が、互いを信じて緩く持ち上がった次の瞬間、パッとそれぞれが己のなすべきことに散っていった。 「すぐにオペ室準備してください。緊急開腹オペを行います」 「同じオペ室で。穿頭による血栓除去も行うよ。スタッフ集めてくれる?」 パタパタと、オペの準備に取り掛かる山岡の目には、もう患者の命のことしか見えていない。 「っ、っ…。俺も、前立ちに入るからっ…」 1人、山岡と松島の、互いに信頼を寄せるタッグに気圧され、出遅れていた日下部も、後を追うようにオペの準備に取り掛かった。 (っ…そんな絆は…ずるい…。その場所まで、俺から奪い取るのか…?) じくり、と痛んだ日下部の胸の内は、本人だけが知っていた。 ※医療用語、診断、処置シーン等、捏造激しいです。雰囲気だけふわっと読んでいただくようお願い申し上げます。

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