413 / 426
第413話
その、午後。
「だぁ~っ。山岡先生、この資料、これでよかったでしたっけ?なんか、この間にあったやつ、足りない気がするんですけどっ…」
やばい、時間がない、間に合わない、と机の上の書類をドタバタとひっくり返しながら、原が山岡に向かって悲痛な声を上げていた。
「ちょっと、原先生、落ち着いて?」
この資料ならここに落ちてるよ、と、原の机から雪崩れてしまった書類をつまみ上げながら、山岡が苦笑した。
「あっ、ありがとうございます。ふぁ~、これでこの部分は揃っただろ?えっと、それから?」
「こっちの添付には、この写真ね。ここの説明は丁寧に」
「ありがとうございますぅ。神様、仏様、山岡様」
「何言ってるの」
「おれ、今日のカンファメインで、この患者さんの説明、マジやばいんです。日下部先生にはもう頼れなくて、井上先生は自分の方が間に合わないからって、助けてくれないでしょ?」
1人でここまで頑張ったんです、と泣き言を漏らす原に、山岡は苦笑しながら、パパパッと原の資料を整えていった。
「あ、すみません。山岡先生も、超難易度のオペの提案があるのに…」
「うん、まぁ、ね。でもオレは、準備整ってるから」
大丈夫、と微笑む山岡が、原の分は原に手渡し、自分の分のファイルを取り上げたところで、ガチャッと医局のドアが開いた。
「あれ?原先生と、山岡先生?まだこっちにいたの?」
もうカンファの時間だよ、と言いながら、テクテクと自分のデスクに向かう日下部に、原のジトッとした目と、山岡の苦笑が向いた。
「今行くところです~」
「あ、そう?」
「オレも今から向かうところで…。日下部先生は?何か忘れものです?」
「あぁ、うん。このUSBをね」
言いながら、自分のデスクの引き出しからUSBを取り出した日下部が、それをプラプラと振って見せた。
「ぁ、それ…」
「うん。3Dシステムの画像」
「腹腔鏡下手術の?」
「そ。ついでに、カプセル内視鏡検査の資料もね、一緒に入ってるんだ」
「内科の依頼です?」
「うん。うちもどんどん進んで行くよね~」
これを持って行き忘れたんだ、と言って、白衣のポケットにそのUSBを落とした日下部が、テクテクとドアに向かう。
「そうだ。今日は内科と合同だった~っ」
「そうだよ」
「やばい…。内科部長…新しい人になって、怖いんですよね~、あの先生」
研修医が遅く行くと睨まれる、と焦る原に、日下部と山岡の苦笑が向いた。
「外科部長が温厚だからな。でも、新内科部長も別に怖いってことはないだろ?」
なぁ、山岡先生、と山岡を振り返る日下部に、山岡ももそりと頷いた。
「はぃ。でも、ベテランで実力者の先生ですから、研修医や新人医師からみたら、威厳がありすぎるのかもしれないですね」
話せばいい先生です、と微笑む山岡に、原が胡乱な目を向けていた。
「いえいえ、絶対にシビアな人ですって」
「そう?」
「クスクス、ほら、そうして無駄口を叩いている間にも」
時間、迫っているよ?と笑う日下部に、原はハッとして、慌ててドアに飛びついた。
「やばい!これで遅刻なんてしようものなら、絶対叱られますって!お先です!」
びゅんっ、と山岡と日下部を追い抜いて、医局を飛び出して行く原の後ろ姿が遠ざかっていく。
「廊下を走るな~」
「ぁ、原先生、資料1つ忘れてる」
「あいつ…。ったく、仕方がないな。持って行ってやるか」
ハァッ、と呆れた顔をした日下部に、原が取り残していった書類を山岡が手渡す。
カンファレンス開始5分前。
手慣れた山岡と日下部は、特に慌てることもなく、のんびりと医局を出て、テクテクと廊下を歩いて行った。
ともだちにシェアしよう!