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第417話

バタバタと、駆け寄る救急隊員に、日下部の身柄を任せ、「うちへ」という松島の要求で、山岡たちの病院へ救急搬送されることが決まった日下部を、山岡と松島が見送った。 「僕たちは飲酒してしまっていますから、治療には当たれませんけど。行きますか?」 病院、と問う松島に、山岡はぼんやりとしたままコクリと頷いた。 「大丈夫ですか?」 「……」 ぼんやりと、どこか焦点が定まらない山岡を心配しながら、松島がとりあえずタクシーを呼ぼうと車道側に向かう。 「近くですけど、歩くよりは早いです」 この時間ならすぐにつかまるはず、とタクシーを捕まえに行った松島の言葉通り、それからすぐに空車のタクシーを止めることができた。 「っ…」 松島が捕まえたタクシーに乗り込んですぐ。山岡が両手を握り締めて、ガクガクと震え出した。 「山岡先生?」 大丈夫ですか?と、そっとその肩に触れた松島の手に、山岡はビクッと大袈裟に身体を揺らした。 「っ、ぁ、オレ…」 「山岡先生?」 「オレ、なんてことを」 酔っぱらってふらついて、工事現場で大惨事を引き起こし、同僚の医師を傷つけた。 ザッと青褪めて、ガタガタと震える山岡の背を、松島はそっと宥めるように撫でた。 「大丈夫。大丈夫ですよ、山岡先生。日下部先生は、途中で目を閉じてしまいましたけれど、頭の傷はそれほど深くありませんでした」 「っ、っ…」 「それまでは意識清明でしたし、自分で身体も動かせていました」 重体ではない、と告げる松島にも、山岡はただフルフルと首を振った。 「疫病神だから…。オレが、疫病神だから…っ」 だからこんなことに、と自分を責める山岡に、松島は「違う、違う」と必死で否定の言葉を漏らした。 「日下部先生…。日下部先生」 責任を感じて、ひたすらに俯く山岡を、松島はそっと宥める。 「事故です。偶発的な、不幸な事故。それを引き起こしてしまった責任というのなら、あなたの酒量を考慮せず、酷く飲ませてしまった僕にも責任はあります」 「っ、っ…」 それでも、それでも、飲んだのは自分だ。酔っぱらってよろけたのも、日下部に庇われたのも、と己を責めてやまない山岡に、松島は困ったように、ただ黙ってその背を撫でた。 そうしているうちに、病院へ、山岡たちを乗せたタクシーもたどり着く。 当然行き先は救急室だと、夜間入り口から飛び込んで、受け付け前を素通りして救急室前に向かった山岡と松島の目の先には、あの現場の責任者であろう作業着の男の人が、長椅子に腰掛けて、処置中の救急室を見つめていた。 「っ…」 「あ、どうも。先ほどの、先生方…」 はぁっ、と深く落ち込んだ様子の男の人に、山岡と松島はゆっくりと近づいて行った。 「ぁ、の…今回の原因は、オレが…」 責任の所在を謝罪しようと頭を下げた山岡に、作業着の男の人の目が向いた。 「いえ、はぁ、まぁ、それは後々…」 「っ…」 「今は、とりあえずお怪我をされた方の、ご無事を祈ろうと…」 「そうですね」 だいじでなければいい、と言う男の人に、松島がそっと頷いた。 「っ?え~?山岡先生?雅先生も?」 なんで?と首を傾げながら、バタバタと病棟から下りてきたらしい原が、ひょっこりと救急室前に顔を出した。 「原先生?」 「あ、いやぁ、なんか、日下部先生が帰宅途中に、下敷き事故に巻き込まれて搬送されてきたって聞いて」 消化器系はなんともないらしいですけど、と言いながら、原が山岡と松島に近づいてきた。 「え、え~?あれ、でも、お2人…もしかして、関係者だったりします?」 とっくにお帰りですよね?と首を傾げる原に、山岡の顔がぐにゃりと歪んだ。 松島が、咎めるように苦笑を浮かべ、原に向けた視線に、原が「えっ?」と困ったように視線を揺らした。 「あ、え~と?」 「っ、オレの、代わりに、日下部先生が…」 下敷きになった、と苦しそうに呻く山岡に、原がハッとして、困ったように目を逸らした。 「あ、あ~。えぇっと、あの、いや、でもそんな、重体でもなさそうな話で…っ」 「原くん」 「あ、あ~、お、おれっ、ちょっと中行って、様子見てきます!」 これは逃げるが勝ちだと、山岡をつついてしまったことに慌てながら、原がオロオロしながら、救急室内に駆けていく。 「まったくあの研修医くんは…」 気にしなくていいですよ、と山岡を励ます松島の声が掛かったところで、バタバタとざわつく気配がまた近づき、整形外科医が急ぎ足で救急室内に飛び込んでいった。 「あ~、整形の先生、かな、今の。骨折でもしていたんですかね?」 「骨折…」 「脳外は、当直の医師が入ったっきり、特に他のスタッフが駆けつけるでもないので、頭部の方は大したことはなかったと思って大丈夫だと思いますが…」 それ以外は専門外、と言う松島に、山岡の祈るような視線が向いた。 「大丈夫です。救急部がざわついている様子もありません」 内部はある程度防音で、声や処置の様子は聞こえて来ないけれど、怒鳴ったり出入りが激しかったり、お使いに出る看護師の姿もほとんどないので、中だけでどうにかなっている、比較的軽度から中程度の怪我で済んでいるはずだと、松島は経験上から判断する。 「っ、オレが…工事現場に入らなかったら…。資材に、ぶつからなければ…」 きゅぅ、と奥歯を噛み締めて俯く山岡の目の前に、パッと救急室の扉が開き、顔面蒼白になった原が、飛び出してきた。 「ぇ…?」 「え?原くん…?」 ガタガタと身体を震わせ、真っ青い顔をした原が、縺れそうな足で、フラフラと歩いてくる。 キュッと唇を引き結んだ原が、泣き出す寸前まで、たっぷりと涙を溜めた目で、ちらりと山岡の方を振り返り、フルフルと首を振って俯いた。 「ぇ…?」 その原の態度が示すことは何なのか。 ひゅんっと山岡の顔から血の気が引く。 「ちょっと、原くんっ?」 そんな、まさか!と詰め寄る松島が、ぎゅぅっと原の両肩を掴んで、ガクガクと揺さぶろうとした。そのとき。 「う、あ、っ…。こんなこと…。こんなことって…」 ありますか? そう、涙でいっぱいの目を上げて、ぽろり、とその目の端から一筋の雫を頬に溢した原に、山岡の足がガクリと崩れた。

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