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第2話
この日、由紀也は遅番であり玄関係りをすることになっていた。要するに、保護者が園児を迎えに来た時に、応対し保護者に園児を引き渡す役目である。
遅番は、通常なら最後まで残らなければいけないし、大変な面もあるのだが、由紀也にとっては陸斗の父に会える機会だし、密かな楽しみとなっている。それは、子どもを玄関で迎える早番も同様だ。
段々と子ども達も帰っていく午後6時近くに、玄関で保護者や子どもの対応をしていた由紀也は、玄関の外にいる、密かに待っていた人の姿を目に留めた。
『あ…安藤さん』
一瞬にして、由紀也の心は浮き立つ。今日一日の疲れも吹き飛んでしまいそうだ。
陸斗の父、安藤恭久(やすひさ)が玄関に入ってくるのを待っていたら、安藤は玄関に入る前に足を止めた。他の保護者に声をかけられたようだ。由紀也の胸は、その光景を見ただけでざわめいた。
安藤に声をかけたのは、子どもが同じクラス、つまり由紀也の受け持ちの子どもの母親だった。その母親、浅野理津香も現在シングルマザーであり、お互いの境遇が似ているからだろうか、安藤と理津香は何やら話をしている。こんな風に、2人が子どもの送迎で行き会うことは多くないのだが、園の行事の際などにも割と親し気にしているのを、由紀也も遠巻きに見たことがあった。まぁ、ずっと子どもは同じクラスなわけだし、当然と言えば当然かもしれない。
しかし、玄関先での2人の雰囲気が優しくて、幸せそうに見えたから、由紀也の心臓はドクンと反応する。
『あんなに仲いいんだな…』
2人の姿を見るだけで心がチクチクと痛んで仕方ない。まるで針で軽く肌を刺激されているようだ。由紀也は嫉妬していた。あまりにも自然な2人は、特別な関係にはないかもしれなくても、もしかしたら想い合ってでもいるのだろうかと思えるほどだ。理津香の場合だけやたらと話すことが多く見受けられることから、そう思われた。今日だって偶然迎えの時間がかぶっただけなのは百も承知なのだけれど。
暫く話した2人は、話しを切り上げ共に玄関に入って来た。考えすぎだとはわかっているが、こう揃って入って来られると、まるで夫婦のようにも見えなくはないと、勝手に思ってしまう。
しかし、勤務中だし私情を表に出すわけにはいかなかった。モヤモヤとする心を抑えて、由紀也は応対した。
「お帰りなさい!お疲れ様でした。只今呼んできますので」
内心がざわめくのを抑えながら、必死で笑顔を作り、安藤と理津香に向けた。
そして、激しく鳴る鼓動を整えつつ、子ども達の待っている保育室に迎えに行った。
「梨々花ちゃんと陸斗くん、お迎え来たよ」
そう告げると、理津香の娘である梨々花と陸斗は「はーい」と声を揃えて返事をして、慣れた調子で通園カバンをカバンかけから外し肩から斜め掛けにして、廊下へとかけていった。
もちろん、子どもは平等に可愛がっているつもりだ。そう、梨々花や陸斗も他の子達と同じように扱っている。例え、気になる相手の子だとしても…。その点は線引きをすることは忘れていない。
「今日はいっぱいお絵かきして遊んだんだよね?梨々花ちゃんも陸斗くんも、上手に描けてたもんね」
そう由紀也が微笑むと、梨々花と陸斗は「うん!」と元気に頷いた。この2人は、普段から割と仲が良い。それはいいことではあるけれど、由紀也にとっては、親の親密さを見ているように本当は思えてならなかった。
「今日もありがとうございました。先生には本当に助かってます」
陸斗が自分の靴を穿いている間に、爽やかな笑顔で安藤が由紀也に声をかけた。安藤は会社勤めをしているそうで、いつもパリっとしたスーツ姿で送り迎えをしていて、隙がないように見える。顔もさっぱりとしたタイプの男前で、由紀也のどストライク。ちょうど好みだったことから、数年の間憧れ続けているのだった。
でも、こうして柔らかな笑顔を向けて話してくれるだけで、由紀也は嬉しかった。
「梨々花ちゃんも、とても良い子で過ごしてましたよ。今日はお友達におもちゃを貸してあげてましたし。ね?」
少し気分を浮上させた由紀也は、理津香に声をかけ、彼女の娘の梨々花に水を向けた。すると、梨々花は満面の笑みで「うん!」と頷いた。こういう笑顔を見ると、とても可愛いなと思う。
「そうなの?由紀也先生の言う事ちゃんと聞いた?」
「うん!もちろん!梨々花はいい子にしてたよ!」
理津香の問いに、梨々花は得意そうに告げた。
「明日も陸斗くんと遊ぶんだ!ね?」
梨々花は陸斗に同意を求める。
「うん!」
陸斗も普段から梨々花のことは好きらしく、考えるまでもなく頷いた。
「梨々花ちゃんと陸斗くんは、本当に仲良いですね」
他意なく何となく由紀也が言うと、安藤と理津香はお互いに見合わせて照れたように笑った。それだけでも、由紀也はただならぬ空気を感じてしまう。勝手な想像に過ぎないけれど、父兄同士と言うには、2人の空気感はどこか違うのだ。『もしかしたら、本当に付き合っていたりするのかな…』と、ふと思うと、チクリと胸が痛んだ。
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