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第10話

その日の勤務後に、由紀也は本屋に立ち寄った。仕事に必要な本を探したかったのだ。由紀也が来たのは大型のチェーン店で、2つのフロアに分かれているのが特徴。いつも訪れている一階で、欲しい本をすぐに選びレジに向かおうとすると、由紀也はそこで足を止めた。 視線の先には、普段なら気にも留めないような、タトゥーに関する雑誌が置いてあった。他の趣味の雑誌と一緒に置かれていたが、なぜかタトゥーの雑誌に目がいったのだ。 『こういう雑誌もあるんだな…』 由紀也の中では、タトゥーや刺青といった類は遠い世界のものだった。どちらかと言えば、そういったものを入れている人と関わることはないと思ってきたし、この先も関わることはないだろうと思っている。 しかし、ちょっとだけどんな世界なのか知りたいという、怖いもの見たさのような気持ちも沸いてきて、自然とその雑誌に手が伸びた。 雑誌を手に取りパラパラと捲ってみる。おしゃれなデザインのタトゥーや、日本らしい『和彫り』なるものまであるのだそうだ。『へぇ』と思いつつ次々捲っていくと、ある1ページで手が止まり、由紀也は雑誌を凝視してしまった。 『な、何であの人がここに…?』 由紀也の目に入ったのは、本当はもの凄く会いたい人。そしてしばらくどうしているのかも分からずにいた人。 安藤だった。 いつも見ていた、会社員で真面目そうな陸斗の父の姿とは異なる、由紀也の知らない安藤が写真の中にいた。いや、真面目そうな姿は写真の安藤も変わりない。 彼は誰かの腕に刺青を施していた。そして『新進気鋭の凄腕彫り師・亮介』として紹介されていた。 「ほり…し…?」  由紀也は驚愕し、思わず雑誌を床に落としそうになる。 『安藤さんが…彫り師だっていうのか?』  にわかには信じ難かった。それに、もしかしたらこの写真に写っている人物は、安藤に良く似た他人かもしれない。 由紀也は会社員として陸斗を懸命に育てる安藤しか知らないのだから。 写真の“亮介”という彫り師には、二の腕に立派な和彫りの刺青が入っていた。なんでも、 10代の頃に初めて刺青を入れたのだという。 『安藤さんが、入れてるわけないよな…』  そんなことを考える。それは、入れていないでほしいという由紀也の願いかもしれない。 これまで、あまり安藤の腕を気にしたことなどなかったし、安藤と刺青というのが由紀也の中で結びつかない。 思い返せば、陸斗が『パパがあまり遊んでくれない』と確かに言っていた。安藤は刺青の仕事もしていたから、忙しかったということだろうか。 親の助けもあるだろうけれど、陸斗を一人で育てるのが大変だというのは、由紀也にも想像できる。 でも、陸斗は淋しいだろうなとも思う。 そもそも、安藤はいつから彫り師をしているんだろう。 “新進気鋭”と紹介されていたから、割と最近になって始めたのだろうか。 陸斗が生まれてから? 会社員の他にその道に踏み出した理由が知りたいと由紀也は思った。 それに、雑誌に載ったら会社にバレる心配とかはないのだろかという疑問も浮かび上がる。 まぁ、この手の雑誌を読む人も周りにあまりいないかもしれないが、由紀也のように何気なく手に取り気付くケースもあるだろう。 もちろん、由紀也は人に吹聴したりなどする気はサラサラないが、安藤の会社の人や陸斗の保育園の父兄などがもし見たとしたら、噂になる可能性がある。 『大丈夫かな…安藤さん…』 彼に会いたい気持ちはもちろんあるものの、それよりも心配の方が先に立つ。 安藤も大人だし、問題がないから雑誌にも出たのかもしれない。 例の雑誌を購入して、自宅に帰り内容を読んでみた。 彫り師・亮介は若手の中で最注目なのだという。彫り師になりまだ数年なのに、メキメキと頭角を現し売れっ子にまでなったのだ。しかも、他の仕事もしているとかで休日のみしか営業 していないため、予約が取りにくいことでも有名なのだとか。 専業ではないことが、安藤ではないかという疑惑を深めた。 それに、見れば見るほどに写真の彼が安藤に似て見える。 もしこれが安藤だとしたら、本人は隠すつもりはなかったとしても、由紀也は秘密を知ったような気に勝手になってしまう。

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