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第12話
数日後の由紀也が遅番の時に、安藤は陸斗の迎えに来た。それは凄く遅い時間というわけでもなかった。
「今日は割と早かったですね」
それとなく、由紀也は言ってみた。
「えぇ、ここのところ、ちょっと落ち着いていまして」
そう言って、安藤は笑顔を見せた。
安藤の顔を見ていたら、先日の雑誌の写真が脳裏に浮かんできた。
本当は、彫り師をしているらしいことは安藤のためには知らないフリをしておくのが一番なのは分かっている。由紀也の保育士としての立場としては、父兄のことにあまり深入りしてはいけない。だからその観点からも触れないでおいた方が正解なのかもしれない。
しかし、会社員として以外の収入もあるとしたら、彫り師として収入があった場合にそれを隠していたなら、保育園にとって大きな問題となることがある。
由紀也は話をしなければと思った。
それでも今はゆっくり話をしていられないだろう。
それなら、飲みに行けないだろうかと考えた。
「安藤さん」
「はい?」
「話があるので、今日は急ですけど今度飲みに行きませんか?」
至極真面目に言うと、安藤は意表を突かれたような顔をした。
「飲み、ですか?俺と?」
「はい」
にっこりと微笑むと、安藤は焦ったような顔をした。
「あ、もしかして陸斗に何か問題が?」
子供のことなら、わざわざ飲みに誘わない。それに個人的に父兄と飲むのはルール違反だろうと分かっている。
でも由紀也はどうしても確かめたいことがあった。
「違いますよ。そうじゃなくて…僕の悩みを、聞いて欲しくて…」
嘘だった。咄嗟に吐いた嘘。
「俺に、ですか?」
安藤は目を丸くした。
こうでもしなければ、飲みのセッティングはできないと思った。もう既に気持ちを伝えてしまっているし、警戒されるかもしれないけれど。
「分かりました。いいですよ」
少し考えてから、安藤は了承してくれた。
「え、本当ですか?」
思わず由紀也は目を丸くした。すると、安藤は意外にも優しげな笑顔を向けてくる。
「もちろん。LINEください」
そう言って、安藤は手早く名刺を渡してくれた。
保育園のグループLINEはお互いに入っていたが、個人LINEは知らなかった。
しかし、安藤の名刺には個人LINEのIDが明記されていたので、助かった。
「ありがとうございます!じゃ、後で連絡しますね!」
「えぇ。追加待ってますね。それじゃ、今日もありがとうございました」
「いえいえ、安藤さんもお疲れ様でした」
「由紀也せんせい、バイバ~イ!」
夜の7時ちょっと前に、靴を自力で履き終えた陸斗は、片方の手は安藤の手を握りもう片方は由紀也に手を振って帰っていった。
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