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第16話
次の土曜日、約束の時間に由紀也は教えてもらった安藤の刺青の店を訪れた。こうした店に来ることが人生であるとは思っていなかったから、由紀也はとても緊張していた。
閑静な住宅街を携帯電話の地図アプリを頼りに歩いていると、その一角にあるビルの一階に安藤の店『タトゥースタジオ・クレイブ』を見つけた。
看板にも店名が書かれているので、間違いない。ここだ。
入口などの雰囲気はダークな感じはせず、一見して古着屋か何かかと思うほど。ここにたどり着くまで少々身構えていた由紀也はわずかに肩の力を抜いた。いかにも『刺青屋』といった雰囲気だったなら、きっと入り辛かっただろう。
窓もついていて、中がよく見えないようにするためか、大胆に刺青を入れたポスターが貼られている。刺青の店だとわかるとしたら、これくらいだろうか。
『本当に来たんだな』
と考えていたら、店の木製のドアがガチャっと開いた。客か誰かが出てきたのかと由紀也は思ったが、出てきたのは安藤だった。
『あ…』
『あ…』
お互いに顔を見合わせる。由紀也はまさか安藤が外に出てくるとは思わなかった。
「いらっしゃい」
安藤は、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「もうそろそろ来るかなと思って。ちょっと出てみたんですよ」
そう言われ、由紀也の心は少しばかり浮足立つ。何気ない一言だったとしても、待っていてくれたのなら嬉しい。
「こんにちは。お忙しいところすみません」
「いえ、いいんですよ。一人でも多く興味をもってくれる人が増えるのは嬉しいですから」
刺青は、まだまだ一般的な理解度は低いかもしれない。若い人など、ファッションで入れたりする人もいるだろうけれど、アンダーグラウンドな印象は今もあるだろう。安藤は、そういった面を改善していきたいのだろうかと、由紀也は思った。
「お世話になります」
「それじゃ、どうぞ中に入ってください」
安藤がドアを開けて促し、由紀也を中に入れてくれた。
中に入ってみると、これまで抱いていた刺青店の暗いイメージとは異なり、明るい店内が広がっていた。
刺青の店というと、男臭さがあり入りにくい感じがするのではないかと考えていたので、由紀也には意外に感じられる。それに、店内は清潔感もあり物品もきちんと整理がされているのも、好印象だ。
「明るくて綺麗な店内ですね」
率直な感想を述べると、後から入ってきた安藤は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。入りやすさとか、居心地の良さを大事にしてるんです。来ていただいた方には、ここにいる間はくつろいで欲しいという気持ちもあるんですよね」
安藤のその気持ちが窺えるような店内だ。
「どうぞ座ってください」
解放感ある部屋には、木製のテーブルとイスが2脚あるセットが置いてあり、安藤がそこに座るように促した。
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