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 どのくらい時間が経ったか分からないが、目を覚ますと、知らない場所にいた。  普通の部屋。怪しげな機材もないし、自分はベッドに寝かされている。  鉄格子のはまった窓の外では、青々とした木が葉を揺らしていて、平和に見えた。  体を起こそうとするけど、全身だるくて全く動けず、あきらめる。  ふうっとため息をつき、回想した。  治験の薬を飲み、体が熱くなって、そのあとはひたすら性的な拷問を受けた。  散々俺を犯した緋室は、どこへ行ったのだろうか。  人間の尊厳はない、動物、と何度も言っていたが、いまこうしてみると、普通に人間らしい扱いを受けているように思う。  何にせよ、監視のないいまが逃げどきだ。  ここにいれば、また何をされるか分からない。  力の入らない体で無理やり寝返りを打ち、腕にぐっと力を込めたところで、ノックの音がした。  ギクリと肩が揺れる。  無言で入ってきた緋室は、俺と目が合うと、少し驚いたような顔をしたあと、ふわっと笑った。  そして、ベッドの横の丸いすに腰掛ける。 「気がつきましたか。よかったです」  白々しい。  ぐっと眉間にしわを寄せ、顔を背けようとしたが、それは叶わなかった。 「48時間は効きますので。いまは筋弛緩剤の効果が出ている頃かと思いますから、どうぞそのまま、リラックスなさってください」 「な……にがリラックス……」  緋室は、柔和な笑みのまま、そっと俺の額に触れた。 「……っ」 「谷口さん。このまま私に飼われる気はありませんか?」 「ふざけんな」 「毎日気持ちいいことしてあげるし、恥ずかしくていやらしいことも。気持ちいいよ?」  一瞬、想像が頭をよぎって、ズクッと体の中心がうずく感じがした。  勃って……はいない。  ほっとしつつ、危なかった感じはする。 「なるほど」  何か納得したようにつぶやいた緋室は、チラッと腕時計を見たあと、横に置いてあったバインダーにさらさらと何かを書き込んだ。 「……記憶と想像に、顕著な反応。脳の海馬にも影響があるのかも知れませんね」 「放せ」 「それは無理ですよ。いま色々な説を検討中ですから、まとまったらまた試さないと。そういうお仕事でいらしたのでしょう?」 「こんななんて聞いてねえ」 「あんなに泣いてよがっていたのに。みっともなかったよ、あゆむくん」  また、ずくっと熱くなる。 「ふむ。何がトリガーになっているのでしょうね? 単純に性的刺激を想起させるような言葉がそうさせているのか、もしかしたら、私の口調の可能性もありますね」  緋室はバインダーをひざの上に置き、にっこり笑ってこちらに呼びかけた。 「あゆむくん。可愛いよ」 「……っ」 「ふふ。君は検証のしがいがあるなあ」 「やめろ」  ゾクッ、ゾクッと、何かの熱が迫り上がってくる感じ。  これ以上呼ばれたら……。 「ねえ、あゆむく」 「呼ぶんじゃねえっ! 失せろ!」  ありったけの力で怒鳴ったら、緋室は口の端をにいっと上げて、愉快そうな目でこちらを見下ろした。 「可愛い」 「んぁあっ」 「優しくされたい?」  薬のせいだ、薬のせいだと言い聞かせる。  緋室の語りかけるような口調は、体に毒だ。 「私は何としてでも君を飼いたいよ。寝ている間に点滴を打つなり注射を打つなり、どうとでも廃人にする術はあって。でもそれだとつまらないじゃない? 君の方から自主的に、飼育してくれと懇願してもらえれば最高なんだけど」  ペースに乗ってはいけない。  深呼吸しながら、目を閉じた。  しかし、視覚を閉ざすと聴覚が過敏になり、耳元で紡がれるのんきな声が、より一層脳に作用する感じがする。 「うるせえ」 「懐かない捨て犬はしつけがいがあって、それはそれで趣がありますけどね」  緋室はそう言って、すまし顔のまま、さっさと病室を出て行った。

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