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 日曜の朝。  目を覚ますと、ダブルベッドの横に寝ているはずのあきが、いなかった。  寝ぼけまなこで部屋を見回すと、台所に、せこせこと動くあきの姿を見つけた。  半身を起こし、呼びかける。 「おはよう」  俺の呼びかけに、あきはびくっと肩を揺らす。  ややあって振り向いた笑顔は、それはそれはぎこちないものだった。 「おはよう深澄。いま、トーストを焼いてるからね」 「……? うん。ありがとう」  のそのそと起き上がり、すとんとソファに座る。  ほどなくして、チーズパンとサラダが食卓に並んだ。 「サラダは? シーザーか、レモンか、オリーブオイルに塩こしょうという手もあ……」 「変」  俺が言い切ると、あきはさらにびくっとした。 「な、なにが?」 「いや、あきが何か変だから。どうしたの?」 「えっと、えっ……」  あきは空中に視線をさまよわせたあと、眉根を寄せて、降参したように笑った。 「……あはは。深澄はなんでも分かっちゃう。ゆっくり朝食をとって、良い頃に話そうと思っていたのにな」 「何? 大事な話?」 「うん……まあ、そうかな」  そう言ってあきは、窓の外に視線をやる。  ポーカーフェイスのあきが、こんな風に動揺するなんて。  なんとなく緊張しているようにも見えるし、見ていると、こちらまで緊張が伝染しそう。  とりあえず食べようということで、ソファに並んで座って食べ始めた。  トーストをかじるあきの横顔を眺めながら、思案する。  大事な話ってなんだろう――同棲の話のときだって、こんなに緊張していなかった。  しばらく食べたところで、あきが切り出した。 「あのね、深澄。いまから僕が言うことは、断ってくれてもいいし、答えを出すのはすぐでなくてもいいから。よく考えて欲しい」 「分かった。真剣に考えるから、包み隠さず教えて?」  あきは居住まいを正し、コホンと咳払いをしたあと、消え入るような声で言った。 「…………いぬをかいたいです」 「え?」  顔を覗き込むと、この上なく緊張している。 「犬? が、大事な話?」 「もちろん、もし深澄が犬が好きじゃないということであれば、すぐに諦める。犬のせいでふたりきりの生活が壊れるのが嫌ということであれば、この話は忘れて欲しい」  きっぱりと言い切るあきの目は、しかし、不安そうに揺れている。  俺はしばし固まったあと、耐えきれずにブフッと噴き出した。  そのまま半笑いで聞き返す。 「え? 犬を飼ったら、ふたりきりの生活が壊れるって?」 「うん。ほら、物理的にひとり増えるし、生活も犬に合わせないといけなくなるし。僕が犬を構い過ぎて深澄に不快な思いをさせるなら、飼わない方がいいかなとか。色々」  俺はいよいよ、笑い転げた。 「あはは、やめて、あき。何それ。面白すぎる」 「ええ……? 一応、真剣に話したんだけど」 「あー。あきはさ、先生で頭良いのに、たまにとんでもなくズレてる」  俺はあきのトーストを取り上げ、頬にキスした。 「いいよ。本当に飼うかはともかく、とりあえずペットショップに行ってみようよ」 「いいの? そんな、簡単に」 「ちなみに、犬種は考えてるの?」  あきは、ズボンのポケットからごそごそとスマホを取り出し、SNSの画面をこちらに見せた。 「ああ、豆柴ね。最近人気だって聞いたことある」 「か、可愛くて……」  とてつもなく恥ずかしそう。  おかしくてたまらなくて、でも、真剣に考えたのだとしたら笑いすぎるのはかわいそうなので……。 「あき、だーいすき。あはは」  彼の肩の辺りにおでこをくっつけて、噴き出しそうになるのをなんとかこらえた。

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