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第87話

香月さんが俺を見た。 俺は目を逸らさなかった。 「好きだから合わせてたの。好きだからワガママ言わなかったの。好きだから香月さんの理想になろうと思ってたの。それって『当たり前』じゃないよ。だけど当たり前みたいに振る舞ってたでしょ? 俺が言うこと聞くの、当たり前って思ってたでしょ?」 「っそんなことはない!」 「嘘つき」 俺の声に、香月さんが口を噤む。 「これじゃない方がいいとか、俺が香月さんと違うこと言ったら機嫌悪くなったじゃん。言うこと聞いたらころっと機嫌直したじゃん。どの口が『そんなことない』とか言ってんの? それに、」 俺の口が止まらない。 「今この場でだって、すごく不機嫌な顔してる。俺は悪くない、って態度全然隠してないし。不機嫌になりたいの俺なんだけど。こんな厚かましいねちっこい男と、誰が付き合っていかれると思う? 誰が好き好んで付き合うと思う? 俺ムリ。やだ。嫌い」 「っだ、そ…っ、蜜だって…!」 「だから俺が悪いでいいって言ってるじゃん。もう会いたくないし来ないで欲しい」 俺が香月さんをこんな雑に扱ったことはない。好きだったから。 でも今は違う。 「俺、香月さんのことちゃんと好きだったよ。でも、する事何もかも当然って思われててずっと一緒にいられるほど好きじゃなかった。香月さん、何が好き?って一度も聞かなかったよね。それって俺がどういう人間か興味ないってことだよね。外見だけでしょ、必要だったの」 俺も顔で選んだのは確かなんだけどさ。 「そんなこと、ない…」 「別にいいよ、もう。で、まだ理由が必要?」 「………」 香月さんが唇を噛み締めた。 何で別れたくないのかが全然分からない。べつに知りたいわけじゃないけど。だけどここまで言われててそれでも納得しないのって何で? 「…他に好きなやつがいるのか?」 「いたとしても答える義理ないよね。それに今そんな話してない。何言っても納得するつもりないなら、話するだけムダなんだけど」 とにかくもう来ないで欲しいだけだからな…。 こんなしつこい人いたら、次の彼氏もできなくない? 「…悪いところは、なおす、から」 「そういう問題じゃない。なおすからまたやり直せるとかじゃない。ムリなの。もう好きじゃない」 「っ、どうしたらまた好きになってくれるんだ…!」 「ならないよ。それはない。絶対にない」 思わず首を振ってしまった。何度も。

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