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第158話

衛宮の指が喉に食い込む。 苦しい…。 目の前がチカチカしてきた頃、不意に力が緩んで空気が入ってきた。 「――ッ、ごほッ、っひ、うぇ…っ」 体を折り曲げて苦しむ俺を、衛宮はただ見下ろしていた。 あの濁った目で。 「柳木」 そうか。俺が知らなかっただけで、衛宮はいつもあの目で俺を見ていたのかも知れない。 衛宮を誘わなければよかったと思うのは後の祭で、大事にしたい人までしっかり巻き込んでしまっている。 「相瀬に絶対言うなよ。ついでにお前も近づくな。お前のとこのふざけた団体のやつらも近づけるんじゃねーぞ」 茅ヶ崎が知ってるってことは、絶対に藤棚くんも須賀谷くんも知っているはず。 そしたら女王様の安全は絶対に守られる。 何だかんだ、衛宮は力では茅ヶ崎に敵わなかったから…。 「余計なこと考えるなよ。お前、藤棚の連絡先知ってたよな。それ消せ」 「…何で衛宮にそこまで…」 「口答えしてんじゃねーよ!!」 「ッあ、ぐ…っ」 拳が腹にめり込む。息ができなくなったところを今度は左から平手打ちが飛んできた。 「消せ」 …茅ヶ崎の連絡先も、本当は須賀谷くんの連絡先も入ってる。藤棚くんのだけ消せば済むなら…そうしよう。トークルームは残ってるし、今度は名前を変えて登録すればいい。 俺はのろのろとスマホを取り出して、LINEを開いた。 衛宮の見てる前で、藤棚くんの連絡先を削除した。 「ついでに相瀬のも消せ。必要ないだろ、ただのファンだか何だか知らねー気持ち悪ぃお前には」 せせら笑う衛宮の口調には、優越感が滲んでいた。 お前の大事な『女王様』は俺のもの。羨ましいだろ? …みたいな。 女王様の連絡先もおとなしく削除すると、衛宮は満足そうな笑みを浮かべた。 「明日から、俺が許可した時だけ相瀬に会わせてやるよ。ただし、余計なことは一切言うなよ」 …本当に、衛宮は王様にでもなったつもりなんだろうか。 「てめぇ返事しろよ、グズが」 「…っ、分かった」 言いたいことはたくさんあった。でも、それをするだけの度胸とか、力とかが今の俺にはなくて。 ただ、ひとつだけ頷いた。 衛宮はそれに満足そうに頷くと、俺の腹を蹴飛ばして個室を出ていった。 のろのろと衛宮を追いかける。振り返ることもせず、ホームへの階段を上った衛宮は、そのまま来た電車に乗り込んだ。 それを見届けた俺は、すぐに須賀谷くんに電話をかけた。 俺に出来ることなんて、きっとほとんどないんだろうけど。 俺が、俺が衛宮を女王様に近づけてしまったから。

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