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土曜日、池袋。酷暑の中の黒ウレタンマスクはきつい。
改札の前で待っていると、シンプルな白シャツに黒のスキニーデニムを履いた春馬さんがとことことやってきた。
真顔。いや、ちょっと暑そうか。
私服にキュンとする。
「お待たせしました。ごめんね、遅くなって」
「いえいえ。じゃあこれ、はい」
グレーのマスクを渡す。
「すごいね、変装」
「マスクが市民権を得ている時代でよかったです」
俺たちは5日かけて、何が何階にあるかや、いまやっているキャンペーンを入念にリサーチした。
男の戦いだ。
全く男らしくない内容ではあるけれど、男の戦いには変わりない。
「うわ……思った以上に女性だらけだね……」
入り口を目の前に、呆然と立ち尽くす。
さすが夏休み。
正直、マジでひとりで来なくてよかったと、心底ほっとした。
エレベーターは、とてもじゃないけど乗れそうにない。
狭い上に無駄に露出の高い女の子が多すぎて、入ろうものなら針のむしろだろう。
戦いだから仕方がないと、階段を上がる。
「すごいですよ春馬さん。壁、聖夜様だらけです」
「これ持って帰りたいなあ」
「持って帰ってどうするんですか?」
「飾る?」
「でかすぎません?」
「このくらいのスペースはあるよ」
なかなかいい家に住んでるんだな、とかどうでもいいことを考えつつ、お目当ての階にたどり着く。
そして、パネルと感動のご対面だ。
「うわー……ほんとにアニメ化するんだって感じですね」
「録画しようっと」
「いいなー。うち無理ですもん」
「見に来る?」
……は? い?
いやいやいや、むりむりむりむり!
死んじゃう。
見に行くってことは、毎週行くことになるんだぞ?
「いや、さすがに自宅に行くのはまずいですよ」
「そう? もうふたつも秘密があるんだから、いくつ問題起こしても同じだって」
俺の心臓がもたないんだよ!
と絶叫しそうになるのを、すんでのところで踏みとどまる。
春馬さんは真顔のままこてっと首をかしげた。
「本当に、いつでも来ていいよ? 書籍も300冊くらいはあるし。電子になってないような古いのもあるから」
「300? すご……。春馬さんっていつから腐男子なんですか?」
と言った瞬間、周りにいた人たちが一斉に振り向いた。
やばい! 腐女子の特定キーワードに対する地獄耳を忘れてた!
「んと……中学生くらい? 10年以上だね」
めっちゃ、めっちゃ顔覗き込むじゃん。女ども。
ついでに俺の顔も。
どうせ心の中で、好き勝手にCP化してるんだろう。
うるさい、お前らの大好物の先生×生徒だぞ!
なりたくてもなれないけどな!
内心悪態をつきつつ、再びヘヴンズヘヴンのパネルに向き直る。
……はあ、俺様ドS御曹司・聖夜様、かっこいい。
「どう? 満足?」
「はい。でもやっぱり、動く聖也様見たいです。見に行ってもいいですか?」
振り向く女ども。
スマホを向けるんじゃねえ!
マスクを買ってえらかったぞと、今朝の自分をほめてやりたい。
「うん、ぜひ来て。楽しみが増えたな。動くせい×りくも楽しみだし、タミくんが家に来てくれるなんて」
ほぼ起伏なしの声なのがかえって尊い。
それに、外限定で『タミくん』と呼んでもらうことにしたけど、これもまたいい。
キュンとしつつフロアに足を踏み入れる。
「グッズすごいですね」
「アクスタ買っちゃおうかな」
「え、そういうの集めてる派ですか?」
「ううん、ないけど、タミくんと出掛けた記念に。これ見るたびに思い出すかなって」
はー、萌えた萌えた。
クラクラしていると、春馬さんは、トドメの1発バズーカをこちらに打ってきた。
「これからたくさん思い出ができても、きょうは特別かもね」
俺は死んだ。
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