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 翌日、土曜日の朝。俺は、春馬さんの家に向かっていた。  最寄駅は小田急線の代々木上原ということで、うちからは新宿経由で20分くらい。  降りたことのない駅なので軽く調べたら、渋谷区の中でも高級住宅街なことが分かった。  改札を出ると、グレーのマスク姿の春馬さんが、壁際で手を振っていた。  駆け寄ろうとして、仰天する。  なに!? なにそのゆるキャラTシャツ……!  黄色いもぐらがつぶれたみたいな。  なぜそれを選んだのか。  無表情で店頭のこれを手に取る春馬さんを想像すると……可愛すぎて萌えクリーンヒットを喰らい、激甚にダメージを負いながら、彼の正面にたどりついた。 「おはよう。来てくれてありがとうね」 「あ、いや……全然」  何それ、と聞こうとしたけど、聞かずに1日萌えを摂取し続けた方がいい気がしてきて、つっこむのはやめた。  なんでもない会話をしながら15分ほど歩くと、鉄筋コンクリートの打ちっぱなしがモダンな、デザイナーズっぽいマンションに着いた。  角部屋、105号室。カードキーをかざしてドアを開く。 「いらっしゃいませ。どうぞ」 「おじゃましまーす」  広いワンルームだ。  手前にローテーブルとソファ、奥に大きめのベッド。その横にパソコンデスク。  壁の一面が全部漫画で、なるほど、これなら300冊でも余裕だろう。  曰く、元々は1DKだった部屋が、壁をぶち抜く感じでリフォームされたらしい。 「すごいね。なんだっけ、そういうの。カタカナで」 「リノベーション物件」 「それだ。うわー、なんかおしゃれ。統一感あって」 「ひとつの店で買ったからそうなっただけだよ。インテリアとかよく分からないし」  シンプルに揃えられた感じは、いつもの私服の雰囲気に合っている。  機能面重視、華美な装飾は必要なし、みたいな。  だからこそ、きょうのゆるキャラTはマジでどうしたのって感じなんだけど。  ふたり掛けのソファにぴたっと隣同士に座って、ちまちまコーラを飲む。  テーブルの上にコップを置いたら、春馬さんは俺の肩に手を回して、ぐっと顔を近づけてきた。 「顔、よく見せて?」  首だけで横を向いたら、春馬さんは俺の頬を手で包んで、親指でするするとなでた。 「可愛い。キスしていい?」  こくっとうなずく。  キスするのは、付き合うことになった日以来だ。  ドキドキして目をつぶったら、ちゅ、ちゅ、と、音を立ててキスされた。  そっと目を開ける。  真顔。でも、俺の目をじっと見つめたまま、全然そらさない。  そんなに見られたら、照れてしまう。 「……もう少し大人のキス、してもいいかな」  あ、あれだ。  舌が入ってきて、くちゅくちゅいって、ちょっと離すと、舌からつーっと糸引くやつ。  軽く口を開いたら、期待通りに舌を差し込んでくれた。けど、なんか。 「ん……」  思ったより、どうしていいか分からない。  どうしようもなく恥ずかしくて、ぎゅうっと春馬さんの服を握りしめる。  こういう時ありがちなのは、攻めが『鼻で息したら苦しくないよ』とか言うんだけど、それってどうやるの……?  普通にただただ、ちょっと逃れるようにして酸素を吸って、そしたらまた春馬さんがくいって顔を正面に戻すから、深くキスされて。 「……はぁ、春馬さん、上手にできない」 「苦しい?」 「息ってどうやってするんだっけ……」 「何それ、可愛い」  春馬さんがちょっと顔を離してくれたので、その間に呼吸を整える。  全然余裕がない。  春馬さんはじっと待って俺のペースに合わせてくれていて、それでまたキュンとした。  心臓がドキドキと鳴る。 「永遠にしちゃいそう。でもそれじゃあ漫画読めないね」  正直、漫画はどうでもよくて、もうちょっとこうしていたかった。  けど、いきなり期待しすぎなのもなんかかっこ悪いかと思ったので、漫画棚に移動することにした。

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