23 / 69
3-6
作りつけの書棚にぎっしりと詰まった漫画は、ネットカフェかと思うくらいの充実ぶりだった。
そして春馬さんは、この棚のことを『新陳代謝してる』と言った。
「5冊欲しい本があったら、5冊売る。というルールにしてるから、みいがここにある本を読み切ってしまうことは永遠にないよ」
「すごいなあ」
「通いがいがあるでしょ?」
つまり、家に来て欲しいということか。
こういうのを聞くと、春馬さんって、ほんとギャップの人だなと思う。
ふだん無口で、気の利いたことなんて全然言わなそうなのに、こんな風にさり気なく誘うなんて。
なんて尊い攻めなんだ。
一生キュンキュンし続けるのだろうという予感がする。
「いいなあ、俺も早く大人になりたい。漫画がいっぱい買えて、かっこいいマンションにも住めて。学校の先生になろうかな」
「いやいや。20代教員なんて、意外と薄給だよ?」
それでも、めいっぱいバイトをしている俺からすれば、リッチな暮らしだ。
「ねえ。そのゆるキャラみたいなやつ、何?」
「ああ、これ?」
春馬さんは、ちょっと笑って、Tシャツを引っ張った。
「変なの着てたら、みいが緊張しないかなと思って。ちょっと和んだ?」
「いや……萌えた」
「ええ?」
その黄色いもぐらを選ぶ謎のセンスにも萌えるし、そんな理由だったのかというのにも萌えた。
やばい、もう、ほんと好き。
ぎゅうっと抱きつく。
「大事にされてる感じがする」
「そうそう。大事にしようと思ってるよ。変なの着てたらそういうムードにならないかなっていう、自戒も込めてるし」
「え?」
顔を上げたら、春馬さんは、ちょっと恥ずかしそうだった。
そして、目線を斜め下に外しながら言う。
「こんな可愛い子が家に来るなんて、何かの拍子に襲っちゃいそうだし。でも、初めて家に来て手を出すなんて、ちょっと早すぎるでしょ? っていう。ああ、こんなこと言うつもりじゃなかったのにな。恥ずかしい」
やっぱり、ギャップがやばい……。
襲っちゃいそうって思って、我慢してたの?
いかにも奥手そうなのに、普通に欲情したりするんだなって思ったら、途端、この人に抱かれたらどうなるんだろうという期待が頭をもたげてしまう。
「んと、俺、早いとか思わないよ。春馬さんのこともっと知りたいし。あとその……実は俺、めちゃくちゃやきもち妬いちゃってて」
「やきもち?」
首をかしげる春馬さんに、正直に白状することにする。
「女子が川上先生かっこいいみたいなこと言ってたり、女の先生と話してるの見て、ちょっともやっとしたりとか。我ながら心が狭いなって思うけど。そういうのも、したら消えるのかなって」
春馬さんは、真顔で俺の頭をそっとなでた。
「それは多分ね、しただけじゃ消えない。ちゃんと話そう?」
と言って手を引っ張った先にあるのは、ベッド。
……え? ベッド?
いまの話の流れって、一旦仕切り直して、ソファでゆったりとコーラ飲みながらみたいな感じじゃないの?
もおおおお、これだから川上春馬はー!
絶望的にキュン死しそうになりながら、ベッドの縁に腰掛けた春馬さんの横に腰を下ろす。
春馬さんは、俺の顔を覗き込んで言った。
「僕は、やきもちって、ダメな感情じゃないと思うよ」
「いやいやいや、どう考えても心が狭いでしょ。先生同士でしゃべってるのすら許せないとか人としてどうなのって感じだし、他の生徒と先生が仲良くしてたら、むしろよろこばないといけないじゃん」
「そんなことない」
春馬さんは、ふるふると首を横に振った。
「自然に心に湧き上がる気持ちは、それが事実なんだから。無理にねじ曲げて、頭で考えた『正しいこと』に合わせようとしたって、いいことないし意味もない」
言い切った春馬さんは、俺の頬や首筋に軽く口づけ始めた。
「でもね、こういうことしたいって思うのは、世界中でみいだけだから……そこは安心して欲しいな」
ドキッとしてしまって、思わず縮こまる。春馬さんは、喉仏を軽くはむっとした。
「可愛い」
「ぁ、はるまさん」
「好きなのはみいだけ。可愛いって思うのもみいだけ」
腰に手を回した、と思ったら、体全部密着してきて、心臓の音がやばい。
春馬さんは、指でつつっと、俺の背中をなぞる。
手つきが、ちょっと、明確に……。
「まだもやもやする?」
「しない。他の人としゃべってても、俺にしかこういうことしたくないんだって思ったら、やきもち妬かない……と思う」
「不安になったら、いつでもこうやって教えてあげるよ」
うわ……、反則だ。
こういうこととはまるで無縁みたいな感じなのに、ふたを開けてみたら、普通に余裕の大人だ。
それに、これだけでちょっと下が反応しちゃってて、恥ずかしい。
気づいたらしい春馬さんは、ちゅ、とキスしてから言った。
「僕もちゃんとこうなってるから、大丈夫」
俺の手を取って、春馬さんのズボンのところへ導かれる。
ちゃんと反応してくれてる……。
俺が春馬さんをそうさせているんだと思ったら、他のことはどうでもよくなった。
ともだちにシェアしよう!