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3-10
月曜日。1限目から川上先生に会えるラッキーデーだけど、教室に入ってきた瞬間、机に突っ伏した。
「あ、川上先生、髪やってるー!」
「え!? コンタクト!?」
「かわいー」
なんで。なんでやるんだよ。女子が無駄に沸くでしょ!?
でも、ゆるくパーマかけたんだね! すごいかっこいい!
泣きたくなりつつ、教科書をばさばさと並べる。
新学期の席替えも虚しくまた隣になった歩美が、小声で耳打ちしてきた。
「ねえ、川上先生イメチェン。高野のおかげじゃん?」
「うん、そうみたいだね」
心底感心なさそう、みたいな感じで適当に答える。
歩美はニヤニヤしながら言った。
「オーラ地味過ぎだし眼鏡で全然気づかなかったけど、けっこう顔整ってんなあ」
「よく分かんない」
「見た目気遣うかってやっぱ大事だよねー。高野なんて、なんにもしなかったら中1って感じだもん」
「けんか売ってる?」
歩美は、ケラケラと笑う。
「高野はおしゃれだし流行りとか好きじゃん? モテポイント高いよ」
「別にモテたくてやってるわけじゃないけどね」
一般人にステルスするためだ。
チャイムが鳴ったので前を見ると、少し毛先がふわっとした川上先生が、首だけふいっと横を見た。
うなじやば。
髪型と眼鏡でこんな変わるのか。
表情筋の動きゼロなのは相変わらずだけど、とっつきにくいまじめ系だったのが、ただの寡黙なイケメンに様変わりしている。
ああ、整えたのは髪だけじゃないな。眉もやったんだ。
モテそ……。
と思ったけど、おとといのことを思い出すと、そういうことは考えなくていいのかなと思う。
春馬さんが好きなのは俺だけだし、髪を整えたのだって、たぶん俺のためだ。
好きだなあ。ほんと。
こんな尊い人にべったべたに可愛がられてる俺って、めちゃくちゃ運がいいなと思う。
ほら、いつもダラダラしてる女子が先生のこと凝視してるけど、残念ながらその人は、俺のことが好きだ。
やきもちは、1周回ると、優越感に変わるらしい。
その日の晩、いつも通り、春馬さんと電話をした。
「もしもし」
『こんばんは。お疲れさま』
「ねえ、髪型すごい似合ってた。美容院行ったの?」
春馬さんは、ちょっと恥ずかしそうな声で答えた。
「そう。せっかく教えてもらったから、毎日やってみようかなと思って。でも自分じゃ分からないし、専門家の指示に従うべきって思って、人生で初めて1,000円カットじゃない美容院に行った」
めちゃくちゃ緊張したらしい。
そして今朝は、コンタクトを入れるのに20分かかったそうだ。
想像したら、キュン可愛で萌える。
「今度どっかデート行こ? 文化祭の打ち上げに着てく服見に行きたくて」
『どこがいいの?』
「んー、まあ、無難に原宿?」
来月3週目の土曜に、文化祭がある。
そして、我が2年1組は、翌日の代休に打ち上げでピザの食べ放題に行くことが決まっている。
みんなが私服で集まるので、服には気合を入れないとまずい。
もちろん、一般人にステルスするためだ。
「原宿なら、帰りに新宿に寄って本屋も見に行こうか。家の漫画をちょっと入れ替えたい気もしてたし」
「あ、一緒に選びたい」
「そうだね。あーあ、早く日曜日にならないかな」
こんな風に、普通に楽しみにしてくれるから、自分だけがお付き合いに浮かれてるわけじゃないと分かる。
ダメだ、やっぱ好き。超好き。
いや、別にダメじゃないけど。
……なんて、このときはのんきに思っていた。
しかし、このあと俺は、『年上と付き合う』ということがどういうことなのか、思い知ることになる。
<3 先生、仰せのままに 終>
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