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4 背伸びの補講

 10月になった。そして、俺は毎日、萌え死んでいる。  なぜならば、川上先生が白衣を着るようになったからだ。  教師なんてろくに見てないから気づかなかったけど、理科の先生たちはみんな、制服が冬服になると同時に白衣になるらしい。  萌えが供給過多。消化しきれない。  そして、ルックス面で一般人にステルスし始めた川上先生は、順調に女子のファンを増やしている。  この間の休みは、ちょっとおしゃれなスーツ屋に行って、店員おすすめのワイシャツとネクタイを5セット買ってきたらしい。  曰く、『分からないことは専門家の指示を仰ぐべき』。  そして指示を仰いだ結果、激萌え硬派イケメン先生が出来上がった。  プリントを配り終えた川上先生は、教室の掛け時計を見上げながら言った。 「45分まで、記入タイムとします。そのあと当てていきますので、発表できる形で書いてください」  そして、窓際にもたれかかるんです。この人は。  あー、もう! 尊い!  腕組んでぼーっと窓の外なんか見たら、イケメン度が増してしまうでしょうが!  ……いや、生徒が答えを書いているときに窓際に寄るのは、元々、川上先生の定位置だったのだ。  黒板の邪魔にならない場所に移動するということだと思うのだが、他の先生はいすを端に寄せて座るのに、川上先生はなぜか座らない。  とは言え、いままでは存在が地味なために、窓にもたれかかっていても、座敷童が端にちまっといる程度の存在感だった。  しかし、いまはどうだ。 「あー……川上先生かっこいーなー」  歩美がぼそっとつぶやく。  こっそり顔を上げると、ほんの少し目を細めて校庭を見下ろす、白衣のイケメンが立っていた。  尊死不可避。  内心鼻血を出しながら、答えを書いていく。さらさらと、迷いなく。  最近の俺は生物が絶好調で、かつては最も苦手かつ興味のない科目だったけど、中1からやり直して、いまや得意科目だ。 「……では時間ですので、発表してもらおうと思いますが」  ぐるっと見回し、女子を当てる。  当てられた女子は立ち上がって、軽く上目遣いをしながら読み上げ始めた。  おい、露骨に作り声すんな。  なんで女子って、あんなに分かりやすく態度変えるんだろ。  川上先生は、見た目は一般人にステルスし始めたけど、表情ゼロ・生徒と雑談とかほぼしないのは、変わっていない。  なのに、だ。  いままではなんにも言ってなかったはずの女子どもは、イメチェンした途端、話しかけられて戸惑う先生を見て『超可愛い』だの『癒される』だの、好き放題言ってきゃいきゃい騒ぎ始めた。  そして、『中北の遠山礼央』なるアホくさい通り名がひとり歩きした結果、最近では、部活で来た他校の生徒が、川上先生を探していたりするらしい。  残念。川上先生は、お前らが最も忌み嫌う自然科学部顧問だ。  土日に部活がないおかげで、俺は尊い春馬さんとデートができます。 「では、あとひとり。高野くん」 「あ、はいっ」  そつなく読み上げたところで、チャイムが鳴った。 「きょうは宿題は出しませんので、各々、予習復習をしてきてください。お疲れさまでした」 「せんせー! しつもんありますー!」  女子が、教壇に向かってダッシュ。  あっという間に取り囲まれた川上先生は、無表情のまま、教科書を指差している。  ぼーっと眺めながら、長いため息をついた。 「つら……」  川上先生に髪の毛のやり方を教えた俺は、スーパーファインプレーを決めた者として、一部の女子の間で伝説になっているらしい。  そう。この理不尽な状況を作り出したのは、他でもない俺なのだ。  成り行きだったとはいえ、自分でまいた種なのだから、仕方ない。  女子がわめくのは我慢しよう。

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