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原宿と新宿で買い物をして春馬さんの家にやってきたのが、16:00過ぎ。
きょうは友達の家に泊まると言ってあるので、のんびりできる。
「適当に理由つけて泊まれるんだから、日頃の行いって大事だよなあ」
「日頃の行い? って?」
「普段から一般人にステルスして、友達んちで夜通しゲームしたり。超インドアオタクの生活送ってたら、急に泊まりなんかしたら怪しまれるでしょ?」
笑いながら抱きつくと、春馬さんはするすると俺の頭をそっとなでた。
「たしかにそれは、みいの努力だね」
「俺、最近、春馬さんの家に来るとほっとするよ」
春馬さんは、ぱっと目を見開いて驚いたような表情をした後、目を細めて笑った。
「それ、すごくうれしいやつ。ちょっとクラッときたくらい」
「え? いまの?」
きゅんとしてしまうような笑顔。
しかし、何のことを言っているのか。
目をしばたかせていると、強めに抱きしめられた。
そして、小声でぽつぽつと語る。
「この家は、僕にとってすごく意味のあるもので、人生の根幹なんだ。前にも言ったけど、僕は恋愛とかパートナーとか、全部あきらめてたから、好きな人にそんな風に言ってもらえる日が来るなんて、思いもしなかったし」
春馬さんの言っていることが何なのか、分かるような分からないような。
「みい。したい」
「え?」
「ダメ?」
ダメなわけがない。
でも、こんな風に急に言われたのが初めてだったから、ちょっとびっくりしてしまった。
「安心したい」
「何が?」
「君の温もりが知りたいよ」
なんか様子が変だな、と思う。
「どうしたの? 何か不安?」
「……とりあえず、抱かせて欲しい。そしたら話すから」
湯船にお湯を張って、一緒に入ることにした。
春馬さんが無表情なのはいつものことだけど、なんか……いつにもまして、何も読み取れない感じ。
春馬さんに背を預ける感じで湯船に入ると、バックハグで抱きしめられた。
春馬さんは、ふっと笑う。
「してから話すっていうのは、ズルいね。先に言う」
「……? 何か重要な話?」
「重要かどうかは、みいが自由に受け取ってくれればいいけど」
抱きしめる力を強めると、ちゃぷっとお湯が跳ねた。
「みいは、不思議に思ったことない? 普通の学校の先生が、こんなところに住んでるの」
「ああ、それは……」
実は、ある。
社会の授業で土地の価値について習った時に、試しに代々木上原近辺を調べてみたことがあった。
そしたらかなりの高級住宅地で、マンションの家賃相場も、びっくりするくらい高くて。
いつだったか、春馬さんは『20代教員なんて、意外と薄給だよ』と言っていた。
だから、一瞬、不思議には思った。
けどその時は、他に使い道がなくて余っているのかなとか、適当に考えた。
春馬さんは、漫画以外に趣味がないし、服も、気を遣い始めたとはいえ、そんなに高いものじゃない。
そして、効率とか機能とか利便性とかを重視するタイプ。
だから、通勤とか色々考えてここなのかなと、適当に想像して終わったのだ。
しかし、真相はそうではなく。
「実はね、この家、両親の遺産で買ったんだ」
「え……っ?」
「大学2年の時に、両親が交通事故に遭って。複数台を巻き込む玉突き事故で、即死だった」
ぎゅっと、抱きしめる腕が強くなる。
声は、いつも通り平坦だ。表情は見られない。
「それで遺産が入って、どうしようかなって考えた時に、家を買おうって思った。結婚するつもりもないし、終 の住処 的にね。遺産に加えて、実家も売りに出して、事故を起こした相手からの賠償金も相当入ったけど……持ってても意味ないでしょ、お金なんて」
「春馬さ……」
「ずっと虚しさがあって。揃って教師だった両親のためだけに、なんとか大学は辞めずに教師になって。忙しく仕事をしていれば気は紛れたけど、それでも虚しくて。そんな時に、みいと連絡を取るようになった。毎日話すうちに、どんどん世界に色が戻ってくる感じがして」
――生きがいを失わなくて済みそう
そう言って、電話口の向こうでふわっと笑った春馬さんを思い出した。
仕事を辞めてまで俺と友達になろうとしていたのは、こういう理由だったのか。
「べたべたに可愛がりたいな。いいかな?」
「それで春馬さんは、幸せな気持ちになれる?」
「いつも幸せだよ」
春馬さんは、俺の頬にキスをした。
「でもきょうは、『ほっとする』なんて可愛いことを言ってくれたみいに、いつもよりもいっぱい、気持ち良くなって欲しい」
待ってるね、と言って、春馬さんは先に上がった。
ひとり浴室で準備をしながら、あれこれ考える。
生徒に雑談を振られて困るような人だ。
もしかしたら、お父さんお母さんへの気持ちだけで、あんまり向いてない職業に就いたんじゃないだろうか。
……いや、とりあえず、難しいことを考えるのはやめよう。
いま目の前にいる春馬さんと、心を通わせられれば、それだけでいい。
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