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 幸福感と、適度なだるさで、ぺたっと横たわりながら春馬さんの胸のあたりにおでこをくっつけた。 「春馬さんは、子供が苦手なのに、先生になったの? お父さんお母さんが先生だから?」 「ううん、そうじゃないよ」 「でも、生徒に話振られたりするの、苦手そう」  春馬さんは、俺を抱きしめて、つむじにキスした。 「子供大好き。まあ、大人しい性格なのは元々なんだけど……でも、大学は希望に満ちあふれて教育学部に入って、家庭教師のバイトをめいっぱい入れて、どうやったら教え子が勉強を好きになってくれるかとか、教師になったらこんなことしたいとか、そんなことばっかり考えてたよ」  目を閉じて想像してみるけど、あんまりイメージがつかない。  もちろん、いまの川上先生がやる気なさそうに見えるとか、そういうわけじゃないけど。  でも、子供が大好きで仕方がないみたいな風には、ちょっと見えないかな。 「じゃあ、お父さんたちが死んじゃってから変わったの?」 「まあ……そうだね。うん、そうかな。夢とか理想よりも、義務感とかそういうのが強くなっちゃったのと、自分のことでいっぱいいっぱいで、人の気持ちを思いやる余裕とかがなくなっちゃって。生徒の成長に良い影響を与えられるような自信もないし、辛うじて残っていた、勉強を教えたいって気持ちだけで、なんとかやってきた感じ」  自信がないから、生徒と距離を取っていたのだろうか。  春馬さんは、ふっと笑った。 「仕事辞めるって言ったでしょ? あれね、いい潮時かなと思ったんだ。みいに出会って、みいと友達になりたくて、でも教師だからそれは叶わなくて。惰性でこの仕事を続けていていいとも思えないし、自分の人生にもっと重要なことがあるかも知れないって気づいたら、辞め時かもって」  春馬さんはちょこっと体を離して、俺の目を見た。 「でも、みいがね。僕の顔を見るためだけに学校に行ってるから、辞めないでって。そう言ってくれた」 「うん。辞めないでいてくれてうれしいよ。その、春馬さんの葛藤とかは、分かってないのかも知れないけど」  年の差ってこういうことかな、と思った。  絶望的な経験をして、それでもわずかな志を支えに仕事はしてて……そういう葛藤みたいなのは、俺には全然分からない。  頭で把握はできても、それを分かち合うみたいに理解することは、多分子供の俺じゃできないのだと思う。 「ねえ、俺、春馬さんのために何かしたい」 「何もしなくていいよ。ただそばにいてくれたらいい」 「そういうことじゃなくて。なんかもっと……年下で頼りないかも知れないけどさ。でも、春馬さんの、寂しいとか虚しいとか辛いとか。そういうの。だって、ずっと一緒に付き合っていくんでしょ? 楽しいことだけやってたって、意味ない」  無表情。だけど、穏やかな目だった。 「ありがとう。うれしい。みいのそういうところが大好き」  作り物のBLなんかじゃ絶対に知らなかった、あったかい気持ちがそこにあった。

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