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いつだったか、ベテラン腐女子のフォロワーさんが名言をつぶやいて、激バズりしていた。
――心に傷があるほど、尻がいじくりやすい
実に下品だ。しかし、それがBLの本質でもある。
心の闇や過去のトラウマが露呈したとき、愛が芽生えるか情にほだされるか心を揺さぶられて、ヤる。
それがBL。
もしツイッターが何度もいいねを押せる仕様だったら、500連打くらいしていたと思う。
「春馬さんはさ、男同士が付き合って、一生死ぬまでいるって、できると思う?」
寝る前のまったり時間。
ソファのうえで溶けながら、キッチンにいる彼に聞いた。
「うーん。難しいことは確かだけど、でも、できるんじゃないかな。社会的なこととかを抜きにすれば、お互いを大切にしていればいいという、シンプルな話だと思うし」
「俺さ、結婚BL嫌いでしょ? それに、オメガバース否定派だし」
「うん。その話だけで電話2時間したことあったよね」
結婚させたいならNL作品を読めよと、イライラしてしまうのだ。
「俺あれ、ホモが好きな腐思考と、結婚に幸せを見出す女の中途半端な憧れがミックスした結果、生まれたものだと思うんだ」
「みいは過激派だよ。僕はそこまで思わないけど」
と言いつつ、春馬さんも、結婚もオメガバースもあまり読まない。
理由は、『一般的な幸せがゴールにないふたりの心の機微に、侘 び寂 びを感じるから』。
表現が風流なだけで、思想としては俺とあんまり変わらないような。
「なんかさ。ファンタジーなBLですら、不自然に周りをゲイに寛容な人間で固めたり、人体の構造を変えたりしなきゃ家庭が作れないわけで。リアルの、この風当たりの強い世界で、果たして俺は春馬さんと添い遂げて死ねるのだろうか……とか考えちゃうわけ」
「僕は意地でもみいと一緒にいるつもりだけど。はいどうぞ」
ローテーブルに、紅茶を置く。
真顔で何でもない風にふいっと見られたら、絶望的に萌えた。
ザ・日常。泊まり最高。
すとんと俺の隣に座った春馬さんは、俺の肩に腕を回して、頬にちゅっとキスしてきた。
「幸か不幸か、僕には、説得しなきゃいけない親兄弟がいないから。みいの気持ち次第だよ。ご家族とどう関わっていくかとか、友達にオープンにするのかとか、そういうのは、全部みいの考えを尊重したいと思ってる」
「はー……春馬さんは大人だなあ」
大きくため息をついて、天井を仰いだ。
「そうかな?」
「いや、どう考えても大人だよ。当たり前だけどさ、9歳も上で。俺は気楽な高校生だし」
「でも僕、みいの前だとけっこう子供っぽいよ? みいにほめて欲しくて美容院に行ったりする程度には」
ぎゃあああ! 萌やす! 急に!
尊死しそうになっていたら、真顔の春馬さんが、ぽつっと言った。
「みい、誕生日、11月29日だよね?」
「え? うん、そう。言ったっけ?」
「個人票見た」
あ、なるほど……。
俺のプロフィールも親の電話番号も、川上先生には筒抜けだ。
「すっごく欲しいものとかある? もしなければ、プレゼントしたいものがあるんだけど」
「え? いや、欲しいものとかは特にないけど……プレゼントも別に気遣わなくていいよ?」
「気を遣うとかじゃなくて、その、どうしても渡したいんだ」
なんだろ。指輪? ……なんてのは漫画の読みすぎか。
しかも、指輪をもらうほど長く付き合ってるわけでもないし。
ちょっと不安そうにじっと返事を待つ春馬さんは、正直、めちゃくちゃ可愛い。
永遠にじらしてみたかったけど、そんな意地悪はできないので、素直にこくっとうなずいた。
「うん。楽しみにしてる」
表情ゼロの春馬さんは、むぎゅむぎゅと俺の頬を挟みながら言った。
「こんな幸せなのが、ずっと続くといいね。あんまりしつこくして、みいに嫌われないようにしないと」
そういうことを真顔で言うの、やめてくれ。
キュンで突然死したら、一緒にいられないんだぞ……!
悶絶していると、春馬さんは「あ」と言って、スマホを手に取った。
「江本渚先生の新作、読んだ? 『背伸びの補講』」
「まだ! 春馬さん買ったの?」
「電子だけど買ったよ。読む?」
「読むっ!」
こんな風に突然テンションが上がるあたり、やっぱり自分は腐男子だなと思う。
春馬さんはすいすいとコミッコを開き、見せてくれた。
あらすじを読んだ限りでは、先生×生徒の純愛もの。
レビューは割と高評価。
良作そうだと期待しつつ、肩にもたれかかって、ふたりで読む。
――俺だって先生のこと守りたいよ!
――大人には大人の責任がある。お前はただ、オレに愛されてればいいんだ
先生はこうやって突き放したけど、生徒は、先生と同じ目線になりたくて、必死でもがく。
まさに、背伸び。
でも最後の最後で、年の差はあっても、ふたりの関係に上下はないのだと生徒が気づき、何でもないただの人間ふたりがそこにいた。と。
「どう? 僕は割と好きだったけど」
「俺も。なんかタイムリーだし」
俺にとっては、いい結論だった。
年の差はあっても、本質は、ただ好き合っているだけ。
まあ、漫画みたいにすんなり納得してハッピーエンドとはいかないけど、ちょっと励まされた気はする。
「江本先生の作品は、人生観が問われるからいいよね」
「うん。勇気が出るBLってあんまない」
巻末のおまけ4コマを見る。
文化祭で受けがコスプレ喫茶をしていて、それを先生が食べようとしていて、笑ってしまった。
「みいのクラスは何だっけ?」
「チョコバナナ。絶妙に楽でしょ」
「店番の時間帯を教えてくれたら、買いに行くよ」
「俺も、自然科学部のブース見に行くね。一般人にステルスしつつどうやってナチュラルに行くか、マジで考えるから」
身分を隠して付き合うのは大変だけど、学校で、川上先生と個人的に話してドキドキできるのは、いまだけの特権だ。
これから春馬さんと過ごす何十年間の中で見たら、本当に貴重な一瞬だと思う。
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