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 翌日俺は、バイト先を訪れていた。 「お疲れさまですー。店長います?」 「事務所にいるよ」  さっさと入っていくと、店長はパソコンに向かって作業をしていた。 「あれ? 高野くん、きょうオフだよ?」 「すいません、ちょっと店長に相談がありまして。いま大丈夫ですか?」 「うん。いいよ」  パソコンをスリープにし、長机へ。  向かい合わせに座ったところで切り出した。 「あの……月にあと1万円稼ぎたいんです」  岩井店長は、仏かってくらいの、めちゃめちゃいい人だ。  たぶん30代前半で、店長の中では若手。  さわやかな運動部の顧問って感じで、親身に相談に乗ってくれる。 「なるほど、シフトを増やしたいんだね?」 「はい。できれば平日中心に増やしたいんですけど、土日もちょっと長くなっても平気です」  何かな? という表情はしているけど、深く詮索はしてこない。  学生相手にもプライバシーを尊重してくれて、こういうところも大人としてちゃんとしてるから、尊敬している。  色々話をして、日数は増やさずにちょっとずつ時間を延ばす方向でお願いすることになった。  そして、ついでとばかりに質問する。 「あと、ちょっと人生相談してもいいですか?」 「うん。何か悩み?」 「悩みっていうか、ちょっと大人の意見を聞きたくて。えっと……職業って、どうやって決めるんですか?」  店長は、にっと笑って言った。 「もちろん人それぞれだと思うけど、俺は現場叩き上げだよ。高1でバイトで入ってからいま31歳まで、この道一筋15年」 「え! すごっ!」  どうりで仕事ができるわけだ。  社員さんの中でもずば抜けていると、巡回に来る偉い人から聞いたことがある。 「飲食業はキツいとか何かと言われがちだけど、俺は天職だと思ってて。自分に向いた仕事を早くに見つけられて本当に運が良かったと、自分でも思うよ。土日が休みにならないから、そこだけは家族に申し訳ないけどね」  そうか、休みとかも考えないといけないのか。  春馬さんに合わせるならやっぱり普通のサラリーマンなのかなと、漠然と思う。  でもそれにしたって、職種とか会社はこの世にいっぱいあるわけで、どういう基準で選ぶのだろう。  尋ねてみると、店長は少し考えてから、人の良い笑顔で答えた。 「やっぱり、好きこそものの上手なれじゃない? 高野くんは何か好きなものある?」 「えっ! っと、漫画が好きですね」  まさかBLだなんて言えないけど。  そもそも、そんなものがこの世に存在することすら知らないだろうし。  店長は、うんうんとうなずいてから言った。 「漫画に関係する仕事って考えると、たくさんあると思うんだよね。本屋さんとか、出版社とか、調べればきっと、他にも。そうやって、好きなことをいくつか並べて、どういう仕事があるのか調べたり、ご両親や学校の先生に相談したりね。俺も相談に乗るし」  じーんときた。さすが岩井店長。  クラスの『バイトだるい』とか言ってる奴らは全員、うちにくればいいのに……とさえ思う。  契約内容を変更する紙を書いて、めちゃくちゃお礼を言い、店を後にした。  そして、帰りの道すがら、物思いにふける。  バイトを増やそうと思ったのは、貯金をするためだ。  これから長く付き合っていくにあたって、どう考えてもおんぶに抱っこになる俺が春馬さんのためにできることは何だろうか、と考えた。  バレたときの責任も春馬さんがかぶるわけだし、逆に順調に付き合ったとして、いつかくるであろう家族関係での苦労を強いられるのも、春馬さんだけだ。  俺にはノーリスク。こんなんじゃ、全然対等じゃないと思う。  それで色々考えた結果、シンプルに、お金かなという。  頑張って貯金して、『有り金全部差し出して一生を捧げます』とか、そんな感じ。  あとは一生懸命勉強して、やりたい仕事をちゃんと決めてやる。  ぽわっとした頭で萌え萌えしてるだけじゃダメだから、もう少し彼との未来を真剣に考えようと思う。

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