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 バタバタと自室に戻り、コミッコを開いた。  後半ページへさーっとスライドバーを滑らせて、問題のシーンを見る。  家族にバレて、尋問。  しかし、なぜか家族が勝手に勘違いしてくれて、話は終了。  当たり前だけど、漫画のご都合主義だった。  はあっと脱力する。  リアルの同性愛に、正解なんてない。  いや、恋愛に正解がないのは、性別が何でも一緒か。  頭を拭きながらスマホを手に取り、春馬さんにLINEを送る。  別に言うほどのことでもないかとも思ったけど、もしもの時どうするのかの意思確認は、しておいた方がいい気がした。  布団にもぐったところで、電話が来た。 ‪‪『お疲れさま。なんか、大丈夫?』‬‬ 「うん、微妙に病んでるね。なんちゃって」  へらへら笑って言ってるので、もちろん冗談だということは分かっているとは思うけど……それでもやっぱり心配そうなのは、春馬さんの性格が優しいからなのか、それとも、愛されているからだとめでたく思っていいのか。 『何かあった?』 「いや、あったというか、なかったというか……」  春馬さんに送ったのは、『親と姉ちゃんがやたら詮索してくる』とだけ。  会話の中でちょっとからかわれただけなので、何もなかったのは本当のことだ。  でも、そんな中途半端な報告で、不安にさせっぱなし・状況が分かんないままなのはよくない。  なので、少し踏み込んで話すことにした。 「別に、バレそうとかそういうんじゃないよ。日常会話で、なんか『彼女できた?』みたいな話になっただけ。ただ、母親も姉ちゃんもちょっとデリカシーなさめで、そういう話題の時に、ガンガン首つっこんでくるからさ。だから、万が一バレそうみたいな展開になった場合にどうするか、相談しときたいなあみたいな」  いつもより口数が多い自分に、内心、笑ってしまう。  これじゃあまるで、言い訳だ。  春馬さんは、考えているのだろう。  しばらく黙った後、穏やかな声で言った。 『もちろん、みいがベストだと思う判断をして欲しいんだけど……けど、僕としては、仕事は辞めても構わないけど、みいと会えなくなるのは耐えられないかも。ってことは伝えておくね』  きょうはさすがに、『はあ尊い』なんてのんきに萌える気分じゃなかった。  軽くため息をついてから、言った。 「何がベストな判断かなんて分かんないよ。ていうか、ベストなんてない気もするし。バレる即ち死みたいな」 「そうかもね」  少しの沈黙。  そして、春馬さんは、優しい声でこう尋ねてきた。 「やめておく?」 「えっ? 何が?」 「お付き合いするの」  心臓をガシッとわしづかみされた気分になった。 「え? やだよ。春馬さんは? 嫌になっちゃった? でもいま、耐えられないって言ってくれたじゃん」  混乱して、詰め寄るような口調になってしまった。  しかし春馬さんは、穏やかな声のまま答えた。 「ううん、嫌になんてなってないよ。なるわけない。でも、もしも僕のせいでみいが悲しい思いをしてしまうのなら、それはもっと耐えられないかなって」 「そんなの……そんなのいまさらじゃん。もしそれが心配なら、最初から付き合ってないよ。春馬さん、大事にするって言ってくれたじゃん」  ふたりして、押し黙ってしまった。  どうしよう。  こんな、責めたかったわけじゃないのに。 「あの」 「みい、あのね」  ほぼ同時に声を出していた。  口をつぐんで譲ると、春馬さんは、抑揚のない声で言った。 「あした、放課後に理科準備室に来て?」 「え、なんで?」 「直接話したい」  ますます訳が分からなくなった。  学校で会うなんて、リスクがありすぎるし、禁じ手だったはずだ。 「いや、危なすぎるでしょ。いいよ、春馬さんの仕事が終わる時間に合わせて家に……」 「いまはたぶん、夜うちに来る方がリスク。ご家族に、どこへでかけてたか聞かれるでしょ? 苦しい嘘は危ないから」  何も言えない。 「でもまあ、急いでいないなら、週末にゆっくり話すのでもいいし。任せるけど、一応待ってるね」  おやすみ、と言って、電話は切られてしまった。 「最悪……」  長いため息をつき、電話を切った。  こんな話をするつもりじゃなくて、春馬さんに安心して欲しかったのに。  逆にこじらせてしまった。  別れまでチラついちゃって。  春馬さんに合わせて背伸びなんて、俺には無理なんだろうか。

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