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 最後の別れを惜しむように、会議が始まる時間ギリギリまで、ふたりで過ごした。  窓際の壁にもたれて、床にぺたっと座り、体をくっつける。  何度もキスしてくれて、いっぱい甘えて、抱きしめてくれて、好きと伝えて。  春馬さんはこの後、辞表を出すつもりなのだという。  年度の途中で退職なんて、普通はありえないらしいけど、彼は大丈夫だと言った。 「家の都合で、と言えば、引き止められないと思うんだ。両親が亡くなってるのは先生方みんなご存知だし、配慮してくれる……と思う」 「でもさ、こんな急にやめて、その後の仕事とか見つかるの?」 「教員免許って、便利だから。心配しないで? みいの幸せを考えて立てたプランだし、あてもなく辞めるわけじゃない」  時刻は16:20。 「そろそろ行かなくちゃ。大丈夫? 立てる?」 「ん、平気」  腕を引っ張ってもらって立ち上がると、そのまま抱きしめられた。  白衣の裾がふわっと揺れる。 「高野くん、さようなら。気をつけて帰ってね」 「はい。川上先生、さようなら」  長いキスをして、部屋を出た。  そして、その晩。布団の中。  俺は、スマホを耳に当ててぶるぶる震えていた。 「…………じゃあ、月曜日からも普通にいるのね?」 『うん。います。ごめんね』 「あー! もう! 恥ずかしい! 今生の別れみたいな感じで超センチメンタルなさようならしちゃったじゃん!」 『あした、うち来る?』 「行くよ! 行くに決まってんでしょ! 楽しみだよ!」  川上先生は、『きょう限りで辞めたい』という旨の辞表を出したものの、当然と言うべきか、突き返されたらしい。  校長先生のセリフは一言、『だって、川上くんがいないと寂しいモン』。  お茶目な校長は、中北のちょっとした名物だったりする。 『職員のプライベートを尊重してくれないなんて、ひどい話だと思わない?』 「いや……でもまあ、仕方ないでしょ。うちのバイトだって、辞めるのは1ヶ月前通知だし」 『あーあ、これで堂々とみいと遊びに行ったりお泊まりしたりできると思ったのに』  や、やめてくれ。  そんな可愛くぷんすかすねないでくれ……。  激甚に萌えつつ、話を戻す。 「じゃあ、2学期末付けで退職なのね?」 『うん。冬休みが明けたら、ほんとに川上先生はいません』  俺は、ちょっと考えてから、ふはっと笑った。 「でも、それでよかったかも。俺さ、文化祭で自然科学部の発表見るの、楽しみなんだ。部員の人たちも、文化祭前に急に顧問が辞めちゃったら、準備どころじゃなくなっちゃうじゃん?」 『……まあ、そうか。そうだね。あの子たちのことを考えると……ちょっと大人げなかったかな。みいのことばっかり考えちゃった』  だ、か、ら。萌やすな、と。 「3学期から先生誰になるんだろ。いやー、女子みんな死ぬだろうな」 『学習指導要領通りに教えるんだから、誰でも同じはずだけど』 「そうじゃない。そういうことじゃないんだよ」  内心、高笑いが止まらない。  ざまあ見ろ、散々好き勝手言いやがった女ども。  お前らが大好きな川上先生は、俺が独占させていただく。  いや、元々川上先生は俺にしか興味なかったけどな! 『あした、来てね? ヘヴンズヘヴンの録画、溜まっちゃってるから』 「分かってるよ。でも、約束して。あの、なんか超恥ずかしい感じでお別れシーンやっちゃったの、マジでいじらないで」 『お互い様でしょ、それは』 「まあね」  あははと笑ったこの時の俺は、まだ知らなかった。  翌日の朝一番、真顔の春馬さんに『もう会えないかと思った』と言われて、恥死することを。 <4章 背伸びの補講 終>

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