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5 先生だって恋に落ちる
愚かなことに俺は、まだ10月の半ばを過ぎたばかりだというのに、コミッコの今月のコインを、使い切ってしまっていた。
はっきり言って、本当に馬鹿だったと思う。
まさきゆう先生の新作が発売するなんて、知らなかった。
ちゃんとチェックしていれば、節約したものを……!
いままでの俺だったら確実にコインを買い足していたはずだけど、貯金を始めたうえに、今月末にある文化祭の打ち上げでお金を使うのが決定しているから、買えない。
……と嘆いたところ、配信10分後に買って、しっかり『先着レビューボーナスポイント』をゲット済みの春馬さんが、読ませてくれることになった。
というわけできょうは、張り切って朝8:00から春馬さんの家に来ている。
「まさき先生の作品は、いつもタイトルが秀逸だよね」
「ほんとそれ。『先生だって恋に落ちる』って、分かりやすいし遊び心もあって、すごいセンスいいなーって思う」
ソファの上、なんとなくイチャイチャしながら、春馬さんのスマホを覗き込む。
あらすじを読む限り、春馬さんが好きな、心の葛藤メインの話だ。
しかも、立場に揺れている。
彼はご都合主義があんまり好きじゃないはずなので、これはかなり高評価だろう。
「読んでいい?」
「うん。こっちにもうちょっとくっついて? その方が読みやすいでしょ?」
二の腕同士がぴったりくっつく位置まで詰めたら、春馬さんはそのままこてっと、こちらにもたれかかってきた。
か、わ、い、い。
絶体絶命・瀕死の萌えダメージを食らいつつ、すいっとスマホ画面をスクロールをする。
春馬さんをちらちら盗み見ると、いつもどおり真顔。
でも、ページに合わせて移動する目線が、なんか可愛い動物みたいだ。
あー、漫画と横にいる人のダブルパンチで、萌え散らかしてる。
30分ほどかけて、味わって読んだ。
「いやー、やっぱまさき先生は最高だな-。タイトル見て完全に攻めの先生目線の話だと思ってたけど、まさかの」
「うん、受けの生徒目線。意外性が良かったね」
エロシーンは5回戻って読み直すのが癖な俺。
春馬さんは、最初は珍しそうにしていたけど、最近は俺に感化されて同じような読み方をしているらしい。
ただし、ただの萌え補給の俺とは違って、『セックス描写にこそ作家の個性が表れる』というまじめな理由らしいけど。
「漫画見てたら、みいのこと可愛がりたくなっちゃったな」
「え、可愛がる、って……」
「こっち向いて?」
ちょこっと上目遣いに見ると、春馬さんは、俺の頬を両手で挟んでちゅっとキスしてくれた。
「可愛い」
「あ、そういうやつ……」
別に落胆したわけじゃなくて、エッチなことを想像した自分が恥ずかしかっただけなんだけど、春馬さんは違う風に受け取ったらしい。
「あ、ごめん。こういうことじゃなかったか」
「えっ! いや、別に不満とかはなくて」
「こういうのが良かった?」
ささやくように、耳を甘噛みされる。
「ん、あ……春馬さん、ちがくて……」
「これでもない?」
髪に手を差し込まれたと思ったら、割と深いキス。
春馬さんのシャツをぎゅっと掴んだら、彼は、ほんのちょっと息を弾ませて、至近距離で俺を見た。
当然、表情ゼロ。
なのに色気があるのは、何なんだろう。
「みい、先生だって恋に落ちるんだよ」
「……? 何が?」
「僕なんて、なんの面白みもない頭の堅い教師だと思うけど……でも、他の生徒が知らない面もある。つまんない川上先生だって、恋に落ちたりする」
まあ、確かに。
あえてそういう言い方をすれば、あの川上先生だって恋愛するのかって、なるのかも知れない。
でも俺にとっての春馬さんは、先生である前に等身大の春馬さんだし、先生なのは社会的にはダメかも知れないけど、俺にとってはあまり重要なことでもない。
「春馬さんは恋をするよ。だって相手は俺だもん」
春馬さんの頬をそっと片手で包むと、彼は、小さくふはっと笑いながら言った。
「そうだね。みいが相手じゃ、最初から完全降伏だ」
春馬さんが、スマホを傾けて画面をつけた。
右へスワイプする。
きょうの天気予報は晴れ。
そしてその下には、カウントダウンアプリのウィジェットが表示されている。
――70日
春馬さんが『川上先生』でいる、残り日数だ。
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