40 / 69

5-2

 春馬さんが『持って帰ってきた仕事がある』とのことで、14:00過ぎには、彼の家を出た。  暇だ。  電車に乗りながら、なんとなく恭平にLINEを送る。 [何してる?] [ゲーム。部活休み]  3年が引退して、恭平は水泳部の部長になった。  顔も心意気もイケメンのモテモテ野郎は、なぜか浮いた噂もなく、貴重な休日も男友達とだらだら遊んでいることが多い。  まあ、主に俺なんだけど。  お互い暇ということが分かったので、久しぶりに俺の部屋で、難敵の討伐をすることになった。  家に戻り軽く部屋の片付けをしていると、階下から姉の声が叫んだ。 「統ー! 恭ちゃんきたよー!」 「はーい」  トントンと降りていくと、インターホンの前に立つ姉が、慌てて髪をねじって留めていた。  いまさら清楚ぶったところで、付き合いの長い恭平は姉の黒歴史も余裕で知ってるわけだけど。  冷ややかな目で横をすり抜け、玄関ドアを開けた。  よっ、と軽くあいさつをするその手には、駅前のケーキ屋の箱。  そういえばLINEで、きょうは家族がいるのかと聞かれた。  騒いでも大丈夫かの確認だと思ってたけど、まさか、手土産の数の確認だったとは……。  これだから気の利くイケメン細マッチョは。 「楓さんこんにちは。シュークリーム買ってきたんで、食べてください」 「えー! もう、いいのにー。ありがと。恭ちゃんはほんと優しいね」 「いやいや。女子の好みとか分かんないんで、適当ですいません」  ニコニコと軽くやりとりをして、部屋へ。 「気使ってくれてありがとう。これで向こう3日は俺の身の安全が確保されたわ」 「何が?」 「機嫌悪いと無意味に当たってくるからさ」  あははと笑って腰を下ろした恭平は、きょろきょろと部屋の中を見回した。 「この様子だと、例のあの子は家には呼んでねえのな」 「は!?」  思わず大声を上げた俺を見て、恭平はゲラゲラ笑った。  例のあの子……そういえば、路上で春馬さんからのLINEを読む姿を、こいつに目撃されていたっけ。  しかし、その後何も聞かれることはなかったし、相手が誰とか進展がどうとかは、一切言っていない。 「でもまあ、うまくいったはいったんだろ?」 「いや……」  歯切れ悪く、否定も肯定もせずにいると、恭平はカバンからゴソゴソとゲーム機を取り出しながら言った。 「なんか最近の統、見るからに幸せそうだもんな。しかもなんか、普通に彼女できてへらへら~っとしてる感じじゃなくて、なんかもっと、ちゃんと相手のこと責任持って考えてんだろうなって感じがする」 「いや、架空の誰かについてそんなたくましく妄想しなくても……」 「でも実際そうだろ?」  まるで見ているかのような口ぶり。  どういう勘の働き方をしているのかは知らないけど、まあ、昔っからそうなので、特に驚きはしない。  恭平が、電源をプチッとつける。  俺も真正面にあぐらをかいて、電源ボタンを押した。 「文化祭は? 一緒に回んの?」 「来ない」 「じゃ、俺と回ろ」 「うん」 「ちなみに楓さんは? 後輩の見に来ないかな」 「それは知らん」 「会えたらいいなって言っといて」  恭平は、ローディング画面を見つめたまま、しばらく黙った。  そして、ぽつっとつぶやく。 「俺さ。楓さんのこと好きなんだよ。ずっと」 「んー……なんとなく分かってた」  多分それは、長年のこと。中1くらいからとか。  ずっと隠していた秘密なはずなのに、こいつのいまの言いぶりは、全然『勇気を出しての大発表』という感じじゃなかった。  まあ、そりゃあそうだ。  俺が薄々分かっていたことに、鋭い恭平が気づかないわけがない。  さすがにヤンキー化したらやめるだろうと思ったけど、全然変わらないから、目を覚ませばいいのにとは思いつつ、本人が何も言わないので俺も何も言わなかった。  だから逆に、なぜこのタイミングで急に言ってきたのか、謎だ。   「楓さんは? 気づいてるかな?」 「いや? 分かんないけど、まんざらでもないんじゃない? 恭平来るとき、なんかそわそわしてる気がするし」  まあ正直、やめとけとは思う。  あの性格の姉自身を全くおすすめできないのもあるし、恭平ならもっと可愛くて優しい子といくらでも付き合える。  しかし恭平は、何ともないような感じで言った。 「こんなこと男相手に何言ってんだって感じだけど、なんか、恋ってままならねえよな」  そう言って、画面から一切目線を外さない。  俺はふうっとため息をついて言った。 「なんか手伝う?」 「いや、いい。統だってあれだろ、ほんとはダメな相手。違う?」  ギクッと肩を揺らす……寸前で止まった。 「統が自力で掴んだんだから、俺も自分でなんとかする。って言っても俺の場合は、どうやってあきらめるか、とかだけど」 「なんで?」  恭平は、おかしそうに笑った。 「俺がオニイサンとかやだろ?」  それを聞いて俺は、ぼんやりと、『春馬さんは楓のオトウトか』と思った。  萌える……のか?  うん、萌えるかも。  どのスタンスでいたらいいか分からなくて困る彼を想像すると、思わず笑いそうになる。  コホンと咳払いして、わざと下から、恭平の顔を覗き込んだ。 「え、いいよ。遠慮なくオニイサンになって、マスオとしてうちに住んで一緒にゲームしよ」 「はあ?」  お前は出て行けよ、と、笑われた。  多分、うれしかったんだと思う。

ともだちにシェアしよう!