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春馬さんが『持って帰ってきた仕事がある』とのことで、14:00過ぎには、彼の家を出た。
暇だ。
電車に乗りながら、なんとなく恭平にLINEを送る。
[何してる?]
[ゲーム。部活休み]
3年が引退して、恭平は水泳部の部長になった。
顔も心意気もイケメンのモテモテ野郎は、なぜか浮いた噂もなく、貴重な休日も男友達とだらだら遊んでいることが多い。
まあ、主に俺なんだけど。
お互い暇ということが分かったので、久しぶりに俺の部屋で、難敵の討伐をすることになった。
家に戻り軽く部屋の片付けをしていると、階下から姉の声が叫んだ。
「統ー! 恭ちゃんきたよー!」
「はーい」
トントンと降りていくと、インターホンの前に立つ姉が、慌てて髪をねじって留めていた。
いまさら清楚ぶったところで、付き合いの長い恭平は姉の黒歴史も余裕で知ってるわけだけど。
冷ややかな目で横をすり抜け、玄関ドアを開けた。
よっ、と軽くあいさつをするその手には、駅前のケーキ屋の箱。
そういえばLINEで、きょうは家族がいるのかと聞かれた。
騒いでも大丈夫かの確認だと思ってたけど、まさか、手土産の数の確認だったとは……。
これだから気の利くイケメン細マッチョは。
「楓さんこんにちは。シュークリーム買ってきたんで、食べてください」
「えー! もう、いいのにー。ありがと。恭ちゃんはほんと優しいね」
「いやいや。女子の好みとか分かんないんで、適当ですいません」
ニコニコと軽くやりとりをして、部屋へ。
「気使ってくれてありがとう。これで向こう3日は俺の身の安全が確保されたわ」
「何が?」
「機嫌悪いと無意味に当たってくるからさ」
あははと笑って腰を下ろした恭平は、きょろきょろと部屋の中を見回した。
「この様子だと、例のあの子は家には呼んでねえのな」
「は!?」
思わず大声を上げた俺を見て、恭平はゲラゲラ笑った。
例のあの子……そういえば、路上で春馬さんからのLINEを読む姿を、こいつに目撃されていたっけ。
しかし、その後何も聞かれることはなかったし、相手が誰とか進展がどうとかは、一切言っていない。
「でもまあ、うまくいったはいったんだろ?」
「いや……」
歯切れ悪く、否定も肯定もせずにいると、恭平はカバンからゴソゴソとゲーム機を取り出しながら言った。
「なんか最近の統、見るからに幸せそうだもんな。しかもなんか、普通に彼女できてへらへら~っとしてる感じじゃなくて、なんかもっと、ちゃんと相手のこと責任持って考えてんだろうなって感じがする」
「いや、架空の誰かについてそんなたくましく妄想しなくても……」
「でも実際そうだろ?」
まるで見ているかのような口ぶり。
どういう勘の働き方をしているのかは知らないけど、まあ、昔っからそうなので、特に驚きはしない。
恭平が、電源をプチッとつける。
俺も真正面にあぐらをかいて、電源ボタンを押した。
「文化祭は? 一緒に回んの?」
「来ない」
「じゃ、俺と回ろ」
「うん」
「ちなみに楓さんは? 後輩の見に来ないかな」
「それは知らん」
「会えたらいいなって言っといて」
恭平は、ローディング画面を見つめたまま、しばらく黙った。
そして、ぽつっとつぶやく。
「俺さ。楓さんのこと好きなんだよ。ずっと」
「んー……なんとなく分かってた」
多分それは、長年のこと。中1くらいからとか。
ずっと隠していた秘密なはずなのに、こいつのいまの言いぶりは、全然『勇気を出しての大発表』という感じじゃなかった。
まあ、そりゃあそうだ。
俺が薄々分かっていたことに、鋭い恭平が気づかないわけがない。
さすがにヤンキー化したらやめるだろうと思ったけど、全然変わらないから、目を覚ませばいいのにとは思いつつ、本人が何も言わないので俺も何も言わなかった。
だから逆に、なぜこのタイミングで急に言ってきたのか、謎だ。
「楓さんは? 気づいてるかな?」
「いや? 分かんないけど、まんざらでもないんじゃない? 恭平来るとき、なんかそわそわしてる気がするし」
まあ正直、やめとけとは思う。
あの性格の姉自身を全くおすすめできないのもあるし、恭平ならもっと可愛くて優しい子といくらでも付き合える。
しかし恭平は、何ともないような感じで言った。
「こんなこと男相手に何言ってんだって感じだけど、なんか、恋ってままならねえよな」
そう言って、画面から一切目線を外さない。
俺はふうっとため息をついて言った。
「なんか手伝う?」
「いや、いい。統だってあれだろ、ほんとはダメな相手。違う?」
ギクッと肩を揺らす……寸前で止まった。
「統が自力で掴んだんだから、俺も自分でなんとかする。って言っても俺の場合は、どうやってあきらめるか、とかだけど」
「なんで?」
恭平は、おかしそうに笑った。
「俺がオニイサンとかやだろ?」
それを聞いて俺は、ぼんやりと、『春馬さんは楓のオトウトか』と思った。
萌える……のか?
うん、萌えるかも。
どのスタンスでいたらいいか分からなくて困る彼を想像すると、思わず笑いそうになる。
コホンと咳払いして、わざと下から、恭平の顔を覗き込んだ。
「え、いいよ。遠慮なくオニイサンになって、マスオとしてうちに住んで一緒にゲームしよ」
「はあ?」
お前は出て行けよ、と、笑われた。
多分、うれしかったんだと思う。
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