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期末テストは、11月26日から3日間。
そしてテスト明け29日は、俺の17歳の誕生日である。
家族には『誕生日は泊まりに行くから!』と高らかに宣言してあり、姉が『なら恭ちゃんは統の部屋に泊まれば……!』と言いかけて母にシメられていた。
『さわやかな恭ちゃんが高校卒業するまでは、清いお付き合いをするように』と、母に誓約書を書かされている。
恭平が深刻な顔で『俺、高校の間は童貞決定かな』と相談してきて、心底気の毒に思った。
川上先生からの最後のテスト問題。
絶対満点を取ってやると意気込んだ俺は、歩美に協力を仰ぐことにした。
というか、歩美の方から言ってきてくれたのだ。
全休み時間をぶっ潰して理解の教科書を開く俺を見て、手伝おっか? と。
超良い奴だ。
ついでに、ブラコンを極めすぎて、川上先生への興味がほぼゼロなところもいい。
鑑賞程度のかっこいいなーで済んでいた、希少な女子だ。
「さて、ではやりますよ」
「はい……よろしくお願いいたします」
歩美は、きょう1日、最終下校まで付き合うと言ってくれた。
超ありがたすぎて涙が出そう。
テスト期間は空き教室が開放されるので、俺たちは、1番日当たりが悪くて人がいない、校舎の隅っこの教室に陣取った。
対面になるように机をくっつけさせていただき、まずはノートをお見せする。
ご覧になった片瀬歩美様は、うーんとおっしゃいながら腕をお組みになった。
「んー、生物は努力の痕跡が見られるけど、化学がてんでだめだね」
「うん……もう、計算が意味分かんなくて。モルって何」
「うわ、本気で言ってる? 思った以上にやばいなー」
「努力はしてんだよ?」
「分かる分かる。高野は頑張ってるよ」
笑いながらぺらぺらとノートをめくる歩美のつむじを、じーっと見る。
緊張の面持ちで見守っていると、顔を上げた歩美は、ふわっと笑って言った。
「うん、効率が悪い!」
「……まじか」
「こんなきれいにまとめたって頭入んないよ」
見せてくれた歩美のノートは、ほぼ暗号だった。
本人以外解読不能の走り書きで、あっちこっちに矢印が飛んでいる。
罫線はガン無視。
「うわー、頭いい人のノートって感じがする」
「超イケメン天才お兄ちゃん直伝だからね」
『答えを教えるより、勉強法を教えた方が効率よさそう』と判断した歩美は、片瀬家式勉強法を叩き込んでくれた。
一字一句漏らすまいと必死で勉強していたら、あっという間に下校10分前の予鈴が鳴った。
「うわ、タイムアップか」
「おつかれさん」
トントンとルーズリーフの端を揃えて、丸ごと渡してくれた。
「がんばりたまえよ、少年」
「マジでありがと。感謝してる。超イケメン天才お兄さんにもお礼言っといて」
机を戻し終えたところで、不意に歩美が振り返った。
「あのさー、高野」
「何?」
「わたしがブラコンすぎて彼氏できないとかいう設定信じてるの、高野だけだよ」
「へ?」
歩美は、目線だけ窓の方にそらし、続けた。
「まあ、お兄ちゃんが超イケメンなのはほんとだけどね。でもわたし、普通に好きな人いるし」
「えっ、マジ? 全然知らなかった」
なんだそのまどろっこしい設定は……とか思いつつ、せっかく勉強に協力してくれたから、お礼がてら、こっちも手伝った方がいい気がしてきた。
「え、じゃあなんか、協力できることとかあったら言って? 俺、無駄に顔広いし」
「いや、……え? 本気で言ってる?」
歩美は、『理解不能』といった顔で、ぽかんとこちらを眺めている。
「え、いや。うん。あっ、誰か言いたくないとかだったら全然いいんだけど」
「バカ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。
あれ……? これは……もしや?
「あー……、あの、歩美さん?」
「だいじょーぶ。なんにも言わないよ。高野付き合ってる人いるの、リサーチ済みだし」
振り向いた歩美は、苦笑いをしていた。
俺は、「えっと」と言ったきり、何も言えないでいる。
「正田くんに聞いた。外堀から埋めてけってのも、うちのイケメンお兄ちゃんのメソッドなんだけどね。あはは」
「いや、なんか……ごめん」
無意味に頭を下げたら、歩美はふるふると首を横に振った。
「あしたからも休み時間は勉強付き合うし、普通にして? そんで、渋谷区在住セクシー美人OLと幸せに過ごしておくれ」
「は!? 何それ!?」
「正田くんがそう言ってたけど?」
恭平の野郎……と一瞬恨みかけたけど、男だということを黙ってくれてたんだから、ありがたい。
「とりあえず帰ろ? 最終下校のチャイム鳴るよ」
「あ、うん」
いつもの笑顔でさっさと教室を出る歩美に、ひょこひょことついていく。
なんだろうなあ。
受けが女子に告られるパターンのBLって、あんまないんだけど。
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