54 / 69

6-4

 本当に、何事もなかったかのように普通に帰ってきた。  そして、ひとり電車に揺られながら、つくづく恭平は口が堅いなと思った。  歩美がそんな話をしていたなんて、おくびにも出さなかったじゃないか。  それに、歩美も歩美だ。  俺に恋人がいるのも承知だし、別にそれを壊すつもりもなくて、普通に勉強を教えてくれた。  ただの良い奴じゃん。  さて、俺はどうしようか。  この件を、春馬さんに言うべきか伏せるべきか。  何もないとはいえ、聞いていて気分の良いものではないと思うし、残りわずかな学校生活に変なノイズかもと思うと、言わないでいたほうがいい気がした。  春馬さんだって、俺のためを思って、でっかい隠し事をしていたんだ。  俺もそうした方がいい。  言わないことにして、寝る準備ができたというLINEを送った。  ほどなくして電話がかかってくる。 「もしもーし」 『こんばんは、お疲れさま』  ほっとするそのひと声を聞いたら、30秒前に考えていたことは、いとも簡単に頭の中で訂正された。 「あー、あのね。春馬さん。ちょっと報告しときたいことがあって。って言っても、そんな重大な話じゃないからね?」 『うん、なんだろう』  ことのあらましを、大変手短に話した。  いつも通り抑揚のない声で相づちを打っていた春馬さんは、俺が話し終えると、そのトーンのまま言った。 『みいだけじゃない? それ、気づいてなかったの』 「え?」 『片瀬さん、どう見てもみいのこと好きだったもん。けっこう分かりやすく』 「は!?」  え? え? 春馬さんも気づいていた? 「うそっ。春馬さんってそういうの鈍い派じゃないの?」 『いや? 僕、表情に出ないだけで、人が何考えてるかとかは、割とすぐ分かるタイプ』 「え、超意外」 『見破れなかったのは、みいが僕のこと好きだった件くらいじゃないかなあ?』  ぎゃあああああ!  突然尊い攻めみたいなこと言うんだからこの人はあああああ!  激甚に萌えて、死にそうになりながら話を続ける。 「……いやでもまあ、ほんとなんにもないからね。ってことだけ。一応ね」 『うん、分かった』  一拍の沈黙。  そして、春馬さんがふはっと笑った。 『みい、女子が当て馬なストーリー大嫌いなのにね』 「いやいや、受けが告られる上に勝手に諦められて終わってる話なんか、聞いたことないよ。超要らないシーンじゃん」 『どうかな』  楽しそうな春馬さん。  なんだこれ。  ……と思ったけど、まあ、特に心配かけたりしてないならいいかと、この時は思ったのだ。  俺は、知る由もなかった。  まさか、この『どうかな』という何気ない一言が、のちに超絶萌えを引き起こすフラグだったなんて。

ともだちにシェアしよう!