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無事、3日間のテストを終え、久々に死んだように眠り、誕生日の朝を迎えた。
いや、目が覚めたのは昼前だったけど。
スマホを手に取りLINEを開くと、グループトークでも個別でも、たくさんのおめでとうメッセージが送られてきていた。
ツイッターを開くと、こちらもフォロワーさんがたくさんお祝いリプを飛ばしてくれていて、中には俺の絵を描いてくれた人もいた。
もちろん顔は出していないので、完全なるその人の妄想だ。
腐女子の妄想はたくましく、ほっぺたがテカテカのショタがくまのぬいぐるみを抱きしめていて、そのツイートに、春馬さんも律儀 にいいねを押していた。
ただし、春馬さん本人からは、メッセージは来ていない。
LINEでも、ツイッターでも。
腐男子 の妄想はたくましく、頭の中では、ほっぺたをテカテカさせた春馬さんがくまのぬいぐるみを抱きしめながら、『メッセージ送らなくてごめんね。直接言いたかったから』とか胸キュン発言をしている。
テスト明けテンションはヤバい。
夕方まで暇なので、テスト期間に封印していたコミッコを開き、お楽しみに取っておいた作品を開いた。
今年泣けるBLランキング1位を獲得すると呼び声高い『No Longer Teacher』。
規律が全てみたいなまじめな教師が、絶望系高校生受けのために学校にたてつき、人の温もりのなんたるかを教える。
レビューの数がえげつないので、思わず感想を書きたくなるほどエモいのだろうと、楽しみにしていたのだ。
ゴロゴロしながら読んでいたら、コンコンとノックされた。
「おーい、統。俺、恭平。入っていい?」
「おあ!? あ、40秒待って!」
来てたのか! 寝てたから全然気づいてなかった。
急に入って来られなくて良かった……いや、恭平がそんなことするわけないか……とかあわあわ考えつつ、とりあえず適当な服に着替えて、招き入れた。
「誕生日おめでとう」
満面の笑みで、何やら細長い箱を手渡された。
「え、ありがとう」
「夜は彼氏のとこ行くんだろ?」
「何で知ってんの?」
聞くまでもない。姉が言ったに決まってるんだけど。
「楓さんに、統いないから泊まってけばって言われたんだけど、おばさんストップが……」
「あはは。まあ、清く正しくお付き合いしたまえよ」
床にぺたっと座り、包装を解く。
中身は、アウトドアブランドの腕時計だった。
シンプルな紺色。秒針だけが赤くて、遊び心がある。
「やば、NIXOMじゃん。え、こんな良いやつ……マジでありがとう」
「いやいや。もう、統がいなかったら俺の淡い初恋は儚く散ってたんだがら。ありがとうの意味も込めて」
まあ、恭平を助けたくてとっさに出した捨て身の発言だったけど、結果的に、同性愛への理解がどうこうみたいな議論を全てすっ飛ばして話が済んだので、こちらとしてもありがたい展開ではあった。
「大事にするよ。ありがとうね」
くるりとはめてみる。
これが友情の証ってやつか……。
感慨深く眺めていると、恭平が、おずおずと切り出した。
「あのさ、相談があるんだけど」
「何?」
「統の付き合ってる人ってさ、年上なんでしょ? 敬語いつやめた?」
何の前触れもなく、謎の質問。
「ん? えっと、付き合うことになったときに、向こうから、『さん付けなんてやめて、しゃべり方も普通で』って言われた」
「じゃあ、なんて呼んでる?」
「呼び方は普通にさん付けだけど」
恭平は、はーっと長いため息をつきながらうなだれた。
「俺、完全に敬語やめるタイミング失ったわ」
「え? そんなの適当に移行してけばいいじゃん。それに、小学校のときは普通に楓ちゃんって呼んでたじゃん」
「無理だ。長年部活で染み付いた年上への敬語は、そう簡単にやめられない」
クソまじめか……。
ぶふっと噴き出しつつ、背中を叩く。
「あえて煽るね? 恭平、キスするとき『楓さん、キスしてもいいですか?』とか聞くの?」
「ぐふッ」
姉のキス事情なんかまっったく想像したくなかったけど、目の前の恭平が悩んでいるのだから仕方ない。
さらに焚きつける。
「さらにその先もあるんだよ? そこまでずっと敬語だったら、マジで清すぎる。大正時代かよ」
「ま、待って。キスはいつした?」
「告白されて、返事代わりに」
「うっ、俺、全てのタイミングを逃してんのか……やばい……」
その後なぜか俺は、付き合うに至った日の思い出話をさせられた。
なんで常にモテ人生の友達にこんな話してんだろとか思いながら、つらつらと語る。
すっかり正座の恭平は、こくこくとうなずきながら言った。
「……分かった。じゃあその彼氏さんの、『好きだよ。一生大事にするね。幸せにするし。だから僕のそばにいて?』ってやつ。そのまま丸パクリさせてもらう。クリスマスに言う! そしてキスする……!」
「いや、恭平、キャラじゃなくない?」
「そりゃ、統のハイスペ彼氏みたいな大人の余裕はねえけど、幸せにしたいのはほんとだし」
川上先生を連れてきたら死ぬほどビビるだろうなと想像すると、まだ何も起きていないのに笑ってしまいそうになる。
しばらくしゃべったあと、恭平は、めちゃくちゃにお礼を言って去っていった。
再び、部屋にひとりになった。
ころんと布団に転がりながら、付き合った日のことを思い出す。
ぐいっと抱き寄せられて、無表情で『一生大事にするね』なんて言われて。
唇がくっつくギリギリのところで寸止めされて、自分からキスしたら、『よくできました』って褒められて死ぬほど萌えて。
あー! 川上春馬! 尊いっ!
夕方までが長い……!
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