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翌日、昼。
どうしてもスーツで行くという春馬さんを止めることができず、三つ揃いで後光の差した超イケメンハイスペ彼氏と一緒に、家に帰ることになってしまった。
いや、気軽な感じで良かったんだけど。
しかし春馬さんは、至ってまじめな顔で鏡に向かいながら、『アメリカの大統領選挙では、ネクタイの色に紺を選ぶ人が多いらしい』とか言って、難しい顔をしていた。
まあね。ネクタイを何本も首元に当てて真剣に悩む姿は、激甚に可愛くて萌えましたけども。
「ただいまー」
ドアを開けた瞬間、ドタバタと複数の足音が聞こえた。
ガチャッと開いて、母は春馬さんの顔を見たあと、普通に頭を下げた。
「はじめまして、統の母です。わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
ん……?
俺と春馬さんの時が止まる。
ややあって、気づいた。
母が川上先生の顔をしっかり見たのは、1年の授業参観。
あのときはまだ、ただの地味な先生だった……!
「あの、はじめましてではなく……」
春馬さんが口を開いたけど、横からひょこっと顔を出した姉が、大声を上げる。
「やだ、統! 超イケメン! あ、統の姉の楓ですー。うちの愚弟がお世話になって……」
おい、お前! この人から1年間授業受けただろ!
春馬さんが新任の年、姉は3年生だったのだ。
バッチリ卒アルにも写ってる。
世話になった教師にも気づかないなんて罰当たりな……と思ったけど、まさか弟が先生を連れてくるなんて思わないだろうから、気づくはずもないか。
「あのーっ、楓さ……間違えた、楓! スマホ鳴ってるよ!」
リビングから、聞き慣れた声の主が、ぎこちないタメ語で姉の名を呼んでいる。
「ごめん、恭ちゃん! 持ってきてー!」
ぱっと目を見開く春馬さん。
はしゃいで春馬さんを招き入れる母。
リビングの方を振り返る姉。
5秒後に起きるであろう出来事を想像して死にそうな俺。
そして玄関ドアが閉まり、リビングから、ピンクのスマホを持った恭平が出てきた。
「……は?」
「ぷぷっ」
「……え!? 川上先生!? はあああああああッ!?」
恭平の絶叫。俺、爆笑のまま崩れ落ちる。
ややあって姉が悲鳴を上げた。
「え! うわ、え!? 川上先生!? うそ、え!?」
「……はじめましてじゃなくて、ええと、こんにちは。楓さんは、お久しぶりです。正田くんは、宿題頑張ってる?」
固まるふたりに冷静にあいさつしたあと、母に向かって深々と頭を下げる。
「統さんとお付き合いさせたいただいております、川上春馬と申します。謝罪、ご説明、させてください」
魂が抜けかけたふたりと、必死に記憶を呼び起こす五十路の母の後ろについて、リビングに入る。
ソファに座った父は、うつむき加減に難しい顔をしていた。
春馬さんは緊張した様子で、そっと部屋に入る。
父は顔を上げない。難しい顔をしてうつむいたままだ。
意を決した春馬さんが深く息を吸い込んだ……ところで、母が怒り気味に言った。
「こら、父さん。彼氏さん来たわよ。プニツムは置いときなさい」
「あとちょっと待ってくれ」
俺、再び、呼吸困難のまま崩れ落ちる。
春馬さんは困った顔で俺に助けを求めていて、俺は腹筋崩壊して息もできぬまま、大きく首を横に振った。
心配しなくて大丈夫。
パズルゲームにハマっちゃったオッサンなだけだから。
「ひー……やば。おもしろ」
「あの、みい」
「え。先生、統のこと『みい』って呼んでるんですか?」
恭平が、超常現象を見たみたいな目で、春馬さんを見つめている。
春馬さんは、ちょっと恥ずかしそうにこくっとうなずいた。
母は書類棚をガサゴソと漁り、今年の春に配布された職員紹介のプリントを探り当てると、「ああ~」と納得したような声を上げた。
そして、高得点を出したらしく満足げな父が、ようやく立ち上がって春馬さんの前にやってきた。
「はじめまして……ではないのかな? 統の父です」
「統さんとお付き合いさせていただいております、元・中野北高校教員の川上春馬と申します」
「へえ、先生」
「お叱りは受ける覚悟で参りました」
さっと頭を下げる春馬さんが、かっこよすぎて萌える。
父は、「まあまあ」と言いながら、ダイニングテーブルに促した。
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