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ダイニングテーブルに、両親と向かい合って座る。
姉がお茶を出してくれて、しかし部屋から出るつもりはないらしい。
恭平と共に、ソファから様子を見ている。
楽しそうで何より。ぜひ楽しんでくれ。
「改めまして、川上春馬と申します。中野北高校で生物科を担当しておりましたが、2学期末をもちまして、退職いたしました」
「ほんと、ごめんなさいねえ」
母の反応に、春馬さんは目を見はった。
「統から最初に付き合ってる人のことを聞いたとき、『俺のために仕事辞めるから』とか得意満面で言うから、もう何してくれてんのと思ったのよ……」
「すごいドヤ顔だったよねえ」
ニヤニヤする姉を、蹴っ飛ばしてきてもいいだろうか。
お前のために体張ったんだぞ?
「いえ、まず謝罪しないといけないのは僕の方ですので。教員の立場でありながら、大切な息子さんと不適切な関係を持ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
深々と、机におでこがつくんじゃないかというくらい頭を下げる。
「春馬くん? と呼んでいいかな? そんな風に謝らなくていいよ」
父が声をかけると、春馬さんはそっと顔を上げた。
真顔だけど、たぶん、だいぶほっとしている。
「妻も言ったとおりだけど、私は君の方が心配だよ。こんな、まだ高校生の子供のために、もしかしたら人生を棒に振ってしまうような選択をして」
春馬さんはふるふると首を横に振り、きっぱりと言い切った。
「僕は、何の後悔もありません。いまこうして温かいお言葉をかけていただけて、ますます、自分の選択は間違っていなかったと思っております」
「辞めて筋を通してくるなんてね、なかなかできないよ」
父と俺は、顔が激似らしい。
特に、こんな風にほわっと笑うと。
「本来なら辞職してからお付き合いすべきところなので、……いや、辞めたとしても未成年の方ですから、卒業を待つのが正しかったのだと思うのですが、……すみません、僕が無理で」
「統のこと、ほんとに好きなのね?」
「はい」
母が楽しそうだ。
チラッとソファ側を見たら、恥ずかしくて聞いていられないのだろう、恭平はこめかみを押さえてうつむいていた。
「春馬さんは、俺に心配かけないために、黙って転職活動してくれてたんだ。ていうか、付き合ってすぐ、辞表出してたんだって。俺もそれ知ったの、けっこう最近で」
「あらら、ほんとにー? もう、統。これであんた『やっぱ付き合うのやめる』とか言ったら、マジで殺すわよ」
「殺す!?」
「殺す」
「いや、別れないけど」
物騒なことを言い出す親だ。
きっと真面目な学校の先生だったであろう春馬さんのご両親を想像すると、うちのゆるふわ家庭がちょっと恥ずかしくなってくる。
「春馬くんのご家族は、このことは知ってるのかな?」
「両親は鬼籍に入っておりまして、兄弟はおりませんので、まあ……言ってしまえば天涯孤独の身です。なので、問題はありません」
「そうか。若いのに苦労してるんだね」
ピンときたらしい姉が、横から口を出した。
「あー……それで代々木上原の高級マンション持ちなんですか?」
「え? 高級……? ではないと思うけど?」
しまった、話盛ってたんだった!
戸惑う春馬さんに、早口で説明する。
「ごめんごめん。身バレ防止で、上原に高級マンション持ちの超イケメンハイスペ公務員って説明してて」
「ええ……? 実情と違いすぎる。すみません、住まいが上原なのは本当ですが、普通のマンションです。贅沢もせず細々と暮らしておりますので、決して派手なことは……」
「もう、統。あんたほんと……。ごめんなさいねえ。そんな派手な風には全然見てないから」
「いえ、後ほど住所と連絡先もお渡ししますので」
ぶふ、と、ソファ側から声が漏れる。
見ると、恭平が体を丸めたまま小刻みに震えていた。
「うるさいなー、お前のためだったんだぞ」
「いや……分かってる、分かってんだけど……散々『ハイスペ彼氏元気?』って聞いてた自分って一体って思ったら……」
さらに震える恭平。
隣に座る春馬さんから、無言の圧を感じる。
姉が、きょろっとした目で尋ねた。
「あのー、付き合ったきっかけは趣味友でって聞いてたんですけど、それもフェイクですか?」
「いや、それは本当。偶然ツイッターで友達同士で、会ってみたら高野くんだったっていう」
「え、先生ツイッターやってるんですか? 繋がりたい」
「は!? ダメ! ダメ! ふざけんな!」
思わずガタッと立ち上がる。
腐男子バレは即ち死だから……ッ!
すると、恭平が援護射撃をしてくれた。
「楓さ……、楓。恋人の家族とツイッターで繋がるのは、先生気遣っちゃうと思うよ?」
「そう。恭平いいこと言う。その通り。しかも元教え子なんて。ダメダメ、絶対ダメ。ていうかいま思ったけど、友達に絶対言わないでよ?」
すっかり忘れていたけど、恭平は口が堅いから絶対に言わないとして、しかし姉は……?
「マジで言わないでね?」
おそるおそる聞くと、姉はふふんとした顔で言った。
「友達にネタばらしは、あたしと恭ちゃんの結婚式かなー。先生、親族席に呼びますね」
「え!? けっ、……!?」
慌てる恭平に、姉がケラケラと笑う。
「春馬くん、新しい仕事は何をするんだい?」
「成城にある予備校で、理科を担当します」
「ああ、先生は先生なんだね。良かった、完全に夢を捨ててしまうわけではないのなら安心だよ」
父はそう言うと、席を立った。そして、台所からビール瓶を片手に2本ずつ。
「とりあえず、飲むかい?」
「よろしいんですか?」
「もちろん。統は恭平くんと楓と遊んできなさい。父さんは春馬くんとしっぽり飲むから」
「ええ……? なんで?」
心配だ。適当な父が、春馬さんに余計な気遣いをさせるのではないかと。
しかし父は、ひらひらと手を振る。
「働く男同士、話したいこともあるんだよ。ねえ?」
「あ、はい。ぜひ」
ごめん、春馬さん。疲れない程度にがんばって……!
心の中で謝りつつ、父からカラオケ代3,000円をもらって、家を追い出された。
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