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3時間みっちり一般人にステルスするための曲を練習し、家に帰ってきた。
リビングに入ると、両親と春馬さんが、平和っぽく話していた。
良かった、変なことは起きてなさそうだし要らないことも言ってなさそう……だと思う。
多分。
春馬さんは立ち上がって、鞄を手に取った。
「あ、もう帰る?」
「うん。そろそろおいとましようかな」
父がちょいちょいと手招きした。
「統、きょうは春馬くんの家に泊まっておいで」
「え? いいの?」
きのうもクリスマスで泊まったばっかりだ。
別に堅いことを言う親ではないけど、わざわざ泊まってこいとはこれいかに。
「何を話したか気になるだろう? 春馬くんもちゃんと話したいだろうし、ひと晩かけてゆっくり話し合ってきなさい」
戸惑いつつ、こくりとうなずく。
と、姉が母に食ってかかった。
「ねえ、なんで統ばっかり泊まりオッケーなの? あたしも恭ちゃんとお泊まりしたーい」
「あんたはダメ」
「なんで? 理由は?」
「あんたと春馬くんには大きな違いがある。それは、貞操観念よ」
「はあああ!?」
詰め寄る姉。抗戦の構えを見せる母。額に手を当て天井を仰ぐ恭平。
すると春馬さんが、ちょこっと真ん中に入って、母に言った。
「あの、差し出がましいことをすみません。でも、楓さんも正田くんも、大丈夫ですよ」
「川上先生……!」
姉が感動の眼差しで見つめる。
恭平も、多分心の中で、神頼みならぬ先生頼みをしているはず。
母は、軽くため息をついて言った。
「無理やり迫るんじゃないわよ」
「そんなことしないってば!」
春馬さんはそのやりとりを見て、ほんのちょっと笑った。
家族に見送られて、家を出た。
そして角を曲がったあたりで、春馬さんが突然、はーっと長く息を吐いたと思ったら、そのまま座り込んだ。
「え!? どうした!? 大丈夫? 酔った?」
「いや……全然酔ってはいなくて……」
ちょっと黙ったあと、真顔のまま顔だけ上げた。
「正直、何発か殴られる覚悟で行ったから……」
「え? いや、そんなわけないじゃん」
慌てて否定したけど、よくよく考えて春馬さんの立場になったら、そう考えても仕方ないと気づいた。
息子が、男の先生と付き合ってた。
いくら辞めたとはいえ、学校にいた頃から付き合ってるんだから、いわゆる不適切な行動だし、責任問題で言ったら100%春馬さんが悪い。
親が激怒しても致し方ない状況だった。
俺は、自分の家族のゆるさ加減を知ってるから絶対反対されるとかないと分かってたけど、春馬さんにとっては、不祥事の謝罪くらいの気持ちだったのかも知れない。
大分楽しんじゃっていたことを、ちょびっと申し訳なく思う。
しかし春馬さんは、その場から動かないまま空を仰いで言った。
「でも、よく考えたら、みいのお父さんお母さんだもんね。まっすぐで一生懸命なみいの性格を見たら、ご両親が寛大なのは当たり前っていうか」
「いやあ、実際は、姉ちゃんの歴代彼氏がどうしようもない奴ばっかりで、春馬さんは前代未聞のマトモな恋人って感じだったから」
姉のグレ方、間近で見てたでしょ? と思う。
春馬さんはのそっと立ち上がりながら言った。
「じゃあ、いま正田くんと付き合ってるのはだいぶ安心だね」
「うん。あちらも超前代未聞。だから母さんはあんな感じで姉ちゃんに厳しいんだよねえ。さわやかな恭平の身の危機くらいに思ってるみたい」
他愛もない雑談をし、手抜きで適当にコンビニ飯を買って、春馬さんのマンションに帰ってきたのが18:00過ぎ。
そう、帰ってきたという表現がしっくりくる。
夕飯を食べながら、春馬さんが父と何を話していたのかを教えてくれた。
「まず、本当に良いのか確認された。高校生なんて、まだ先のことを深く考えている年頃じゃないし、統は気軽な感じで考えているかも知れないよ、って」
「それで春馬さんはなんて答えたの?」
「みいに限ってそんなことはないと思うけど、と断りつつ、もしみいに別の好きな人ができたら、それは仕方ないことだから身を引く、って答えた。みいにはまだまだ長い学生生活があるし、進学して新しい世界に飛び込んだら、心変わりもあるかも知れないって思ってる。でもそれも覚悟した上で、いまの選択をしてるから」
父はそれを聞いて、春馬さんの本気度を理解したらしい。
あとは、春馬さんの家族のこととか、今後の仕事のことを話して、母が合流したあとは、いままで俺とどんな風に付き合っていたかを説明したらしい。
「これはさすがに、謝罪と釈明の繰り返しだったけどね。ひたすら僕が悪いから」
「いや、悪くはないでしょ」
「ご両親もそう言ってくれたけど……でも実際、教師が生徒に手を出しちゃった上に、悪びれもなくしれっと家に泊めたりしてたわけだから。どう考えても節度のない僕が悪い」
もちろん両親は、そんな認識はしてなかったらしい。
若い男の先生が女子生徒をちょっとつまみ食いするのとは訳が違うから、と言っていたそうだ。
「出会い方でちょっと運に恵まれなかっただけじゃない? ってお母さんは言ってくれたよ。『1〜2年ズレてるか、春馬くんが別の仕事をしていたら、こんな風に謝りに来る必要はなかったんだし、たまたまタイミングと状況が悪く重なっただけよ』って」
そういえばこれは俺も、全く同じことを考えたことがあった。
ちょっとでも何かがズレてたらと、付き合う前にめちゃくちゃ悩んだっけ。
懐かしい。
「それでね、最後に」
春馬さんは居住まいを正して言った。
「お父さんに、将来的にはみいと生活を共にして欲しいって言われたよ」
「え……、それって」
「うん。『統には、春馬くんの人生を変えてしまった責任があるから、軽々しく逃げないように、卒業したらすぐにしてくれ』って』
「は、い?」
……いつの間にか、俺不在のまま、同棲が決定していました。
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