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第三章・6

 ソファに残された蛍は、クッションを抱いて顔を埋めていた。  熱い。  涙がにじむ。 『蛍、もしかして、童貞?』  あの言葉に、素直になればよかった。  童貞だから、いろいろ教えて欲しいと言えばよかった。  しかし、これまでずっと独りで生きて来た蛍には、それなりのプライドがあった。 (ベッドシーンなんて、今まで本で読んだり動画を見たりしてきたんだから)  だから、いまさら身をもって知る必要はない。  そんな風に、心に蓋をしようと頑張った。  だけど。  等の肩は、温かかった。  等のキスは、刺激的だった。  これ以上を、それ以上を、知りたい。  もっともっと、等のことを知りたい。  のろのろと立ち上がると、いつものように書斎に籠った。  いつもなら、ちっとも書けないはずなのに、執筆メモに書くことができた。  恋人の肩にもたれて、髪を撫でてもらう心地よさ。  恋人とキスをするときの、ドキドキする刺激。 「これは、取材。取材のために、恋人になったんだから!」  まだ意地を張る、蛍だった。

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