32 / 55

第三章・8

 朝食の席には、焼きたてのパンが用意してあった。 「キッチンに、未使用のホームベーカリーがあったから」  昨夜、種を仕込んで朝に焼いたよ、と嬉しそうな等だ。  そういえば、そんなものを貰ったような。 「確か、このマンションに引っ越してきた時に、担当さんがお祝いにくれたんだ」 「担当さん、って、吉村さん?」 「ううん。その前の前の前……、くらいかな」 「箱ごと未開封だったぞ。もったいないなぁ」  焼き立てパンは、びっくりするほど美味しかった。  まさか、面倒くさい、と放置していた道具が、動く時が来ようとは。 「さて。蛍は今日、何がしたい?」  食後の紅茶を飲みながら、等がそう持ち掛けてきた。  今までは、彼が勝手に決めていたというのに。 「恋人になったからね。パートナーの意見も尊重するよ」 (ずうずうしかったり、優しかったり。恋人って変だなぁ)  そう言うなら、蛍には行きたいところがあった。 「タピオカ、もう一度飲みに行きたいな」 「いいよ。でも、なぜ?」  それは……。 (前に行った時、ちょっと口喧嘩しちゃったから、今度は気持ちよく味わいたい、なんて)  とても、言えない!  目線を下にしてしまった蛍に、等は優しい声をかけた。 「解ってるよ。だから、無理に話さなくてもいいよ」  素直じゃないんだから、と髪を撫でてくれる。  そんな等に、蛍は何だか泣きたい気持ちになった。  

ともだちにシェアしよう!