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第3話 シバザクラ

「光沢のあるグレイなんで、新婦様のピンクのドレスとも相性バッチリですよ」 「...........」 「木村様はスタイルがいいから、タキシードがよくお似合いです」 「...........」 「蝶ネクタイより、普通のタイの方がしっくりきますね。こちらにしましょうか」 「...........」 「........木村様?お気に召されませんか?」 僕がそう言った瞬間、新郎の木村様は僕の両手を握りしめるように掴むと、顔を近づけて言ったんだ。 「幸田さん!この後、俺とお食事でもどうですか?!」 「.........木村.....様?」 これで、もう何回目なんだ......? 普通に仕事をしているだけなのに。 本当に普通に接しているだけなのに。 ここんところ、新郎のお客様に立て続けにナンパされる。 この間、あまりにもお客様にしつこくナンパをされてしまって、新郎新婦は険悪なムードになるわで、結構、大変だったんだよ。 そんな僕はチーフに「新郎キラー」ってあだ名をつけられてしまった。 新郎キラー、って。 なんだよ、それ.........泣。 「その顔!」 チーフの鋭い声に、僕はビクッとしてしまった。 「最近色っぽいのよね、結也は。そんな顔されると女の私でさえも、結也を押し倒したくなるわよ」 「チーフは、男前ですから」 「結也!」 最近、先生に会えてないからかも。 先生はショーの準備で海外に行っちゃったし、僕は僕で忙しかったから。 .......昼間っからこんなこと考えたくないんだけど........。 たまってんのかな、僕。 「結也、顔!マジで誘ってるの?いい加減にしないと、押し倒すよ?」 「すみません。......顔、洗ってきます」 先生に会えなくて、仕事にまで影響して、無意識に〝新郎キラー〟になるなんて........。 僕は、どうかしてる。 先生.......今、どこだろう。 早く、会いたい..........な。 『結也、元気?目処がついたから、来週あたり帰れそうだよ』 なんとなく家に帰りたくなくて、仕事が終わって、コーヒーショップで音楽を聴きながら時間を潰していたら、先生から嬉しいラインがきた。 来週、かぁ。 僕は思わずニヤけてしまった。 終わりのない待ちぼうけをくらっていた僕の未来は、一気に明るく開けた気がして、気分が上がってきたんだ。 上がってきたところに、肩を急に叩かれてビックリして、僕はイヤホンを外して振り返った。 「あ、島崎様」 「こんばんは、幸田さん。あと、こんなとこで〝様〟はちょっと.......」 「........すみません」 僕の肩を叩いてきた島崎様は、今度めちゃめちゃ美人なお相手の方とご結婚される方で。 いつも穏やかでにこやかで、加えて信じられないくらいイケメンだから、島崎様がいらっしゃるとチーフをはじめサロンの女の子たちが、急に色めき立つんだ。 島崎様は、僕の隣に腰掛けた。 「待ち合わせですか?幸田さん」 「いえ、ちょっとコーヒーが飲みたくなって。島崎.....さんは、待ち合わせですか?」 島崎様は、笑って首を振った。 「帰宅途中なんですけど、外から幸田さんが見えたから、思わず入ってしまいました」 「え?そうなんですか?僕、足止めさせちゃったんですね。すみません」 「オフの幸田さん、初めて見たなぁって思ったらつい......いつもはブラックスーツでキリッとされてるのに、前髪をおろしてるからかな?雰囲気が全然違いますね」 .........僕はちょっと、島崎様に警戒してしまった。 いつものナンパみたいだ.......。 また、僕は〝新郎キラー〟になってしまったんだろうか......? 話......僕のことから、話、変えなきゃ!! 「今度の日曜日でしたよね、お衣装あわせ。島崎様と矢田様は美男美女でいらっしゃるから、僕、お衣装合わせが密かに楽しみなんですよ。なんでも似合いそうだから、たくさん試着して頂きたいんです」 「また、〝様〟になってます、幸田さん」 「あ.......」 島崎様はまた僕に優しく笑う。 「では、私はこれで失礼します。日曜日よろしくお願いしますね、幸田さん」 丁寧に島崎様がお辞儀をするから、思わず立ち上がって僕もお辞儀をしてしまった。 「こちらこそよろしくお願いします、島崎様」 にこやかに、手を振りながら、颯爽とコーヒーショップを後にする島崎様を見送って、僕は少しホッとした、と、同時に自覚してしてしまった。 ........僕、疲れてるんだ。 先生に会いたくても会えないし、新郎キラーって言われるし。 疲れがたまってるから、心のモヤモヤも晴れないし、さらに疲れが僕にのしかかる。 僕はまた椅子に座って、イヤホンで音楽を聴きはじめた。 ........早く、来週ならないかなぁ。 先生に早く会いたい........。 「私、本当はあのドレスが着たかったんです」 島崎様のお相手、矢田様が指さしたのは、〝予約中〟の札がかかったホワイトライラックだった。 まぁ、人気だしなぁ.....。 今試着しているウェディングドレスを見て、矢田様は少し寂しそうな顔をした。 どうにかしてあげたいけど、こればっかりは......。 あ、あれ、どうかな......あれなら、矢田様も気に入るかも。 「矢田様、差し出がましのですが。僕がおススメするドレス、試着してみられませんか?」 ベアトップの総レースのドレス。 総レースといっても、細いシルクリボンをかぎ編みで編み上げたすごく繊細なドレスで、僕個人的にはすごく好きなドレスなんだ。 ただ、少し重量があって、さらにパッと見地味だから、あまり人気がなくて......。 でも、かぎ編みの立体感は写真でもライトでも、すっごく映えるハズ。 実は、これ。 先生の.....小糸真世先生の初期の頃のドレスだから、一度袖を通したら、その良さがわかってもらえると思うんだけどなぁ。 ほら、見て。 ドレスに袖を通された矢田様は、すごく幸せそうにニコニコしてる。 「いかがですか?」 「少し重い気がするけど、そんなに動き回るわけじゃないし.......このドレス、ステキ。私、これにする」 「ありがとうございます。ではサイズの調整をしますので、しばらくお待ちください」 よかった、気に入ってもらえて。 僕は久しぶりに最近の嫌なことを忘れて、心の底から嬉しくなったんだ。 「幸田さん、さっきはありがとうございます」 試着室でタキシードを試着している島崎様から急にお礼を言われて、裾のサイズ調整をしていた僕は思わず島崎様を見上げる。 「ドレス、すごく嬉しそうにしてたから。ステキなドレスを選んでいただいて、ありがとうございます」 「とんでもないです。矢田様にあのドレスを気に入っていただけて、僕の方がお礼を言いたいくらいですから」 「......幸田さん」 島崎様がそう呟いた瞬間、僕は強引に体を引っ張られて、僕の体は試着室の壁に叩きつけられた。 「!!」 あっという間......に。 島崎様は僕の体に腕を回して、深く唇を重ねる。 一瞬の出来事すぎて抵抗することすら忘れてしまった僕は、口の中で絡む舌で我に返って.........。 無性に、悲しくなってきたんだ。 なんで.....? なんで、普通に仕事をしてるだけなのに.......。 誘った覚えも、好意をよせた覚えもないのに。 なんで、こんな目ばっかりあうんだよ......。 もう......やだ......。 僕は島崎様の体を力一杯押して、その体を引き離した。 やば.......なんか、泣いちゃってる、僕。 「......すみません、ちょっと。道具を忘れてしまって........少し、はずします。島崎様、少しお待ちください」 島崎様の顔なんて見れなかった。 恥ずかしくて.....こんな自分に腹が立って......そして、悲しくて.......。 ずっと下を向いて、泣き顔を隠して......精一杯の強がりと嘘をついて、島崎様を残して試着室を出てきてしまった。 「チーフ!ちょっと変わってください!僕、トイレに行きたくて!」 ちょうど試着室の前にいたチーフに一方的に言って、僕は足早にサロンから逃げだしたんだ。 すごく、苦しくて.......すごく、悔しくて。 島崎様に失礼なことをして、どんな顔をしていいかわからなくなって......混乱した状態の頭で人目を避けるように足早に廊下を歩いていた僕は、急に腕を引っ張られた。 「.....結也!!.....なんで泣いてるの?!」 この声......!! 「......先生っ!!」 どうして.....?どうして、ここにいるの? 先生に会いたかった......夢?......夢ならさめないで欲しい。 .....今すぐ、抱きしめたいのに、先生に触ると魔法がとけるんじゃないかって気がして.......。 だから、先生の顔を見て、でも、先生の顔を見てると、余計泣けてくる。 「〰︎〰︎〰︎っ!!」 子供みたいに泣くわけにもいかなくて、声を押し殺して泣く僕の頭に先生は優しく手をのせた。 「結也、まだ仕事中でしょ?」 「.........はい」 「俺、今日ここに泊まるから。結也が仕事終わるまで待ってるから。ちゃんと仕事、しておいで」 「............」 「大丈夫。きっと大丈夫。俺がついてるから、ちゃんと仕事しておいで」 先生の優しい言葉が僕の耳を通って、胸にスッと落ちる。 .......そうか、そうだよな。 ちゃんと自分の仕事しなきゃ、ちゃんと島崎様にも失礼を謝ろう。 自分に誇りを持って.....自分に自信を持って.....。 どんなことがおころうとも、僕は僕だ。 ブレちゃいけない。 ......何も言わないのに、僕はただ、泣いていただけなのに。 先生は、なんで僕のことをわかってくれるんだろうか......。 「......先生」 「何?」 「僕、鼻とか赤くないですか?」 僕の言葉に先生はにっこり笑って、僕の頰を軽く拭った。 「大丈夫だよ、結也。俺、まってるからいっておいで」 僕は先生のその優しいのに勢いをくれる言葉に背中を押されたんだ。 試着室には申し訳なさそうな島崎様がいて、僕は少し胸が痛くなってしまった。 「先ほどは失礼いたしました、島崎様。少し......動揺してしまって.......あの、これから先、僕のことが嫌なら........島崎様の担当を降ろさせていただきますので......」 「幸田さん!!」 島崎様は、僕の肩を強く掴む。 「俺が急にあんなことしてしまったから悪いのに.......俺こそ......すみませんでした。何故か、気持ちが押さえられなくて.......。幸田さんが嫌がるって、わかってたはずなのに。本当にすみませんでした」 「島崎様......」 「あの.......幸田さんさえ良ければ、このまま担当をしていただけませんか?」 島崎様の目が潤んで、揺れていて......。 .......島崎様に、先に言われちゃったな....。 僕の肩を強く掴んだ島崎様の手を、僕はそっと外して握手をするように握り返した。 「島崎様にそう言っていただけるのなら、今まで以上に全身全霊を尽くして、頑張らせていただきます。改めまして、よろしくお願いします。島崎様」 島崎様が、安心したようににっこり笑って.......。 僕は、心底、ホッとしたんだ。 コンコンコンー。 最上階のインペリアルスイート独特のドアが、静かに開いて、中から先生が笑顔で僕を迎い入れてくれる。 「帰ってくるの、早かったんですね」 「うん。結也に早く会いたくて」 「先生.......僕も......僕も早く会いたかった......」  我慢......できなかったんだ。 先生にしがみつくように抱きついて、僕は先生の唇に深くキスをする。 舌を絡めて.....今まで会えなかったのを一気に埋めるように......貪るように唇を重ねる。 「......結也、激しいよ......」 「先生のせい......」 「どうして?」 「先生に会えなくて、寂しくて......寂しさが蓄積されて、身を焦がすくらい、苦しくて......つらくて......。我慢してたのに.......我慢してたのに。次から次へとお客様に言い寄られて........。チーフには〝新郎キラー〟って言われるし.......。僕はそんなつもりはないのに、僕が引き寄せてるみたいで.........いやだったのに......先生じゃなきゃ、イヤなのに」 僕はまた、泣いてしまった。 「結也.......」 「先生のせいだ.......先生のせいで.........責任.......とってください.......先生.......責任とって!!」 僕はまた先生に唇を重ねて、深く、激しく、舌を絡ませたんだ。 すごく......僕....やらしい。 先生の膝の上にのって、腰を強く揺らしてる。 こんなこと、今までしたことない。 すごく気持ちいいのに、幸せなのに。 まだまだ足りなくて、さらに先生を求めてしまうんだ。 「あ.......あぁ........せんせぇ.......」 「結也......」 先生が僕の胸を噛んだり、舌で弄って、下から激しく突き上げてくるから気が遠くなりそうなのに、先生の全てがほしくなって、さらにまた腰を揺らす。 「せんせ.......ぼく.......どう、したのかな......」 「どうして?」 「........ハーブティー、のんでないのに.......せんせ....が、たりない.......まだ、ほしい......まだ、ぜんぜん.....たりない」 「結也.....俺もだ.....!!」 それから、僕たちはずっと絡み合った。 先生が僕を後ろからせめたら、僕は先生のを口に咥えて先生をせめる。 僕の中がグズグズ音を立てて、先生のを絡め取るかのように吸い付いて......先生は、僕の奥に深く当ててくる。 もう、何時間ってお互いを求めてるのに、久しぶりに肌を重ねた興奮はなかなか冷めずに.......。 ずっと、ずっと、お互いをせめて、愛撫して、会えなかった時間を埋めるように、ひたすら求めあったんだ。 「先生が作られたシルクリボンの総レースのドレス、お客様がすごく気に入ってくださって。僕すごく嬉しかったんです」 長い時間をかけてようやく落ち着いた僕と先生は、肩を寄せ合って体温を感じながら話をした。 「あぁ、結也はやっぱりセンスいいなぁ。俺もあのドレス好きなんだ」 「やっぱり、花をモチーフにされてるんですか?」 先生は優しく笑って僕を抱きしめる。 「うん、庭に咲きほこっていた白いシバザクラがモチーフなんだ」 「.......ぴったりだ.....ステキなドレスにぴったりです」 僕が先生の肌の感触を余韻に浸りながら感じていると、先生はいたずらっ子っぽく僕の耳元で囁いたんだ。 「ところで、新郎キラーって何?」 そして、また、僕の中に指を入れて、僕が感じるところを弾くから.......。 「やぁ.......せんせ.....あ」 また、はじまっちゃう.......。 また、止まらなくなるんだ。 無事....あれから何事もなく、島崎様の結婚式も終わって。 僕は久しぶりに先生のとこに来た。 ちょうど、白いシバザクラが庭の一角を埋め尽くすように咲いていて、僕は、しばらく見入ってしまったんだ。 「キレイ」 「結也の方がキレイだよ?」 またこの人は、桜子さんをも凌駕するくらいの甘い言葉を僕に囁く。 「先生」 「何?」 「例えばなんですけど......僕を花に例えると、なんですか?」 前から気になってた。 桜子さんにも花に例えられたし、先生から僕はどんな風に見られてるのか、って。 「聞きたい?」 「聞きたいです」 先生は恥ずかしそうに笑って言ったんだ。 「白い、バラ」

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