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 その日は祐樹が北京案内といったとおり、日本から来た衣料メーカーの男性社員二人を連れて王府井(ワンフージン)をかるく案内した。  けれども、祐樹も含めて彼らには中国のもろもろがカルチャーショックを与えたようだった。  百貨大楼(デパート)に行けば、そのほこりをかぶった商品と客に見向きもしないでおしゃべりに夢中な店員に驚き、ためしに「商品を見せて欲しい」と言ってみれば、乱雑に積み上げられた商品をぽいと放り投げられたことに目を瞠った。  街中の公衆トイレを体験させてみれば有料である上に、扉がないことにショックを受けていた。  もちろん入ってみただけで使わなかったが、出てきたあとに「あのトイレでは大の場合、どちら向きにしゃがむのか」と真剣な顔で訊かれた。  こちら向きが一般的で、並んでいれば目が合うし、中国人は友人同士なら用を足しながら会話もしていると答えると、絶句していた。  孝弘も公衆トイレを使ったことはほとんどない。  街中ではホテルや食堂のトイレが比較的、安全だ。  路上で体重計一つを前に置いて座り込んでいる人を見かけて、何をしているのかと訊くので、体重を量る商売だと教えたら目を丸くしていた。  ほかにも椅子一つ置いただけの散髪屋や靴磨き、占い師や将棋の相手待ちなど、路上の商売人の光景には驚きを隠せないようだった。  喉が渇いただろうと露店でペットボトルのドリンクを買って渡してやり、三人の反応を横目でながめながら、孝弘は自分も一年前はああだったと懐かしく思う。  いつの間にかそんな光景にも慣れて、日本から来たばかりの彼らの反応が新鮮だった。 「さっきから気になってたんだけど上野くんの使ってるお金、人民元ってやつ?」  ミネラルウォーターを飲みながら、祐樹が孝弘の手元を覗きこんだ。さっきもらったおつりの札を見ている。 「そうです。人民币(レンミンビィ)ていいます」  トイレでも露店でも三人を制して金は孝弘が払った。  その金が自分たちがホテルで換金した金とは明らかに見た目が違うので、ふしぎに思っていたのだろう。 「高橋さんたちはFEC持ってるんですよね。ホテルはともかく、街中の露店や普通の店ではそれはあまり使えません」 「どうして? ホテルでちゃんと換金してきたお金なのに?」  孝弘は自分の財布から、何枚か札を取り出すと三人にみせた。  百元札、五十元札、十元札、五元札、一元札。すべて毛沢東の顔がデザインされた色違いの札だ。  何人もの手に渡って日本人の感覚からすれば、かなりボロボロになっている。 「この下にまだ細かい札とコインもありますけど、あまり使いません。一份札みたいな細かいお金は十枚束ねてホチキスでとめてあったりします」 「お金にそんなこと、するんだ」 「少額の札だとわりと普通ですよ。で、FECは北京語では外汇(ワイフイ)と言って、外国人専用通貨なんです。建前上、中国人には手に入らないことになっているし使えません。だから街中の露店なんかでは断られたりします」

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