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第2章 会社員たち
なんだかんだで2時間近く歩き回って疲れただろうと「座って休憩しますか?」と祐樹に訊いてみるとうなずいたので、マクドナルドの向かいの北京飯店のカフェに入った。
「喫茶店とかカフェみたいな、ちょっと座って休憩する店っていうのがあんまりないんですよ」
「そうなんだ。コーヒー飲んで話するっていうことはないのか?」
「コーヒーがそんなに一般的な飲み物じゃないです。インスタントは売ってますけど、庶民はお湯か花茶 (ジャスミン茶)をよく飲みます」
「ふーん。そうなんだ」
三人はメニューに目を落とした。
たとえ五つ星ホテルといえども、まともなコーヒーにありつける可能性はほとんどない。
「コーラが安心ですけど、せっかくだから中国コーヒーを試してみるのもいいかもしれません」
孝弘の注意に三人は顔を見合わせたあと、漢字表記のメニューの中から橙汁(オレンジジュース)、珈琲(コーヒー)、可楽(コーラ)を選んだ。
「うわ、あっま」
ホットコーヒーを一口飲んでの祐樹の感想に、孝弘はにやりと笑う。
「たいていの店でコーヒーや紅茶は砂糖入りです。ペットボトルや缶のドリンクも砂糖が入ってることが多いので、買うときは无糖 (無糖)って書いてあるかチェックしてください」
「基本、砂糖入りなの? お茶も?」
「大体は。砂糖入りは加糖 です。烏龍茶や緑茶もです。ちなみにホテルのカフェなのでこの店はFEC使えますよ」
「なるほどね。外国人用の場所では問題ないわけか」
「はい」
それからメーカーの二人は初めての北京だということで、祐樹とあれこれ情報交換を始めた。
「事前レクチャーは受けたけど、サービス精神のなさにはほんとびっくりするな」
「社会主義のせいだろ。それよか首都なんだし、もっと都会だと思ってたけどまだこんな感じなんだな」
「ところで工場からサンプル上がってきたけど、B品多すぎだろ、技術指導するだけでも相当時間かかるんじゃないの」
「合弁まで立ち上げても資金回収まで何年かかる? いやそれよりも流通が問題になるんじゃない。あんまり内陸だとどうなんだろ」
「人件費の安さは魅力的だけどさ、工場の立地がカギなんじゃない。開発特区見せてもらったけど、空き地ばっかで誘致もそんなにうまくいってなさそうだったし、やっぱ上海とか大連のほうがいいかもな」
会社員ってこんなふうに現地視察をして合弁企業を立ち上げていくのかと、孝弘は会話を聞き流しながら新鮮な思いでいた。
1989年の天安門事件から4年がたち、中国経済は外に向けての改革開放政策が推し進められ、日本企業の進出もめざましい。
世界的な中国語の需要が高まるのを見越しての北京留学だったわけだが、この1年間授業を受けていても孝弘にその実感はなかったのだ。
でも実際にこうやって海外進出を図る企業があり、偶然にもその一端に自分が触れたのだとふしぎな気分でスーツ姿の三人をながめた。
いつかこんなふうに仕事をするのだろうか。
「高橋さん、こんなんでほんとにいいの?」
「こんなんって?」
メーカーの二人がトイレに立った隙に、孝弘は祐樹に確認した。
ほこりだらけの商品とか店員の雑な対応とかトイレとかお金の話とかで、本当に役に立っているのだろうか。
事前打ち合わせで、祐樹からは普通の観光では見られない北京を見せてとリクエストされたのだが、客の二人はこれでいいのか心配になったのだ。
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