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「ちょっとチェンマネしてきます」
三人を待たせて、孝弘は男の元へ行き、今日のレートを訊ねた。
孝弘の言葉を聞いて留学生だと判断したのだろう、男はごまかすことなく適正レートを示し、人民元を渡した。偽札が混ざっていないか、破れた札はないか、金額はあっているかをしっかり確認してから三人のもとへ戻る。
「いまの……、闇チェンジってこと?」
「まあそうですね。留学生は大体みんなやってますけど、駐在員はどうなのかな。あまりお勧めはしません。偽札が本当に多いらしいので」
「もらったことある?」
「今まではないです。新札は断るし、古い札だけもらいます」
「なるほどね」
「とりあえず、これできょうの買い物は大丈夫だと思うんで。どれがいりますか?」
その後は四人であちこちの店をまわって、服やら靴やらカバンやら、頼まれるままに孝弘は買い物することになった。
夕食はどうしますと訊ねると、とにかく安心できる店で頼むといわれたので、ベタではあったが、北京ダックはどうかと提案してみた。
留学生にはまあまあ敷居の高い店だが、ガイドブックなどにも載っており観光客や駐在員御用達なので大丈夫だろうと思ったのだ。
三人がそれでいいというので、タクシーで移動する。
孝弘は不慣れな三人のために後部座席のドアを開けてやり、それを閉めてから助手席に乗りこんだ。
「北京は治安はいいっていうけど、やっぱりこんなふうにはなってるんだね」
前後のシートの境の強盗防止のプラスチックの仕切り板をめずらしそうに眺めている。金の受け渡しをする部分だけが鉄格子になっているのだ。
「通常は客は後部座席です。自動ドアではないので、自分で開けて乗り降りします。たいていメーターは使ってくれますけど、さっき言ったとおり、すぐ遠回りとか迷ったふりするので、道も指定したほうがいいですよ」
孝弘が北京語で運転手に道を指示しながら、後ろの三人に日本語で説明する。
「天安門広場前、通りますよ」
「おー、この道って、軍事パレードしてるとこ?」
「そうです。天安門事件のとき、戦車とか装甲車が並んでた道です」
「すごく広いんだね」
大通りはあわくオレンジ色の街頭で照らされていて、ほんの4年前にそんな大事件があったようには思えなかった。
夕方のほのかにやわらかい光のなかに、故宮の屋根の連なりが浮かんでいる。
だだっ広い天安門広場では、太極拳をしたり凧揚げをしたり、観光客がカメラを構えていたりと、のんびりしたいつもの夕暮れだ。
「わりと自由に出入りできるんだね」
「べつに検問とかないですよ。衛兵は立ってますけど」
タクシーはあっという間に広場前を通り抜け、店までは10分ほどで着いた。
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