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「前任者に紹介されたけど断った。家族持ちなら必要だろうけど、一人暮らしの男のところにメイドはいらないでしょ」 「断って正解だな。高橋さん、すぐに狙われそう。押し倒されたりしてない? 中国人の女の子は積極的だろ」  祐樹はしぶい顔になって肩をすくめた。  若くて独身の日本人駐在員となれば、なんとしてでもゲットしたい優良物件と思われても仕方ないが、女性からがつがつ来られるのは苦手だ。 「押し倒されるはさすがにないけど押しが強いのはよくわかったよ。とにかく、なるべく隙を作らないようにして、女性とは二人きりにならないように心掛けてる」 「もうそんな事態に遭遇したんだ」  孝弘は「大変だね」と同情する。 「うん。だから上野くんといるとほっとするよ」 「そう? そんなに中国人女性の気の強さに困ってんの?」 「ちょっとだけね。フェイクで指輪つけておけって安藤さんには言われたけど、もう独身だって知られちゃってるから今さらな気がして」 「モテると大変だな。あいまいな態度だと伝わらないけど、はっきり言ってる?」 「言ってる。研修に来てるんだし、誰ともつき合わないって。でも社食でランチ誘われる程度だと断りにくい。なるべく時間ずらすけど」 「そっか。それはなかなか手強そうだなー」  孝弘はビールを飲み干してくしゃっと缶を潰すと、立ち上がって本棚から封筒を取った。 「これ、こないだの写真」  きょうの目的だった写真を渡されて、祐樹は一枚ずつめくってみた。椅子の横に孝弘は立ったままで写真を覗きこんでいる。 「やっぱりタイマーって緊張感ある顔してるね」  いつシャッターが下りるかわからずに、微妙に待つ雰囲気の表情がおかしい。くすくす笑いながら机のうえに並べる。 「うん、この作った顔の感じが笑えるよな」 「でも、ちゃんと長城がうまく入ったね。これ、すごくいい感じ。おみやげに売ってるハガキにありそう」 「ああ、そんな感じ」  お互いのワンショットはそれぞれきれいに山の稜線に添って長城が入っていた。 「カメラ持って来てもらってよかったな」  自分の写真なんて撮りたいと思わない祐樹はカメラを持ち歩かないが、こうして写真を見ると、記念写真も悪くないと思えた。  うん、半年しか北京にいないんだし、できるだけ撮ってみようか。 「あ、これ、もらっていい?」  一枚を手に取った。  二人で並んだ背後に、龍のようにくねくねとした長城がきれいにおさまっている。表情も自然で、タイマー機能を使って成功した一枚だった。 「好きなの何枚でも持って行っていいよ。焼き増しするし」  祐樹が選んだものとワンショットのものをまとめて孝弘が写真を封筒に入れてくれた。 「せっかく来たから、学校見ていく? 案内するよ」 「うん、見たい。あ、本屋さんあったら寄りたい」 「わかった。他に行きたいとこある? たいてい何でもあるよ」 「入れるなら学食でご飯、食べてみたいな。部外者でも平気?」 「全然いいけど、高橋さん、どこなら大丈夫だろ」  孝弘が思案する顔つきになった。

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