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「おいしい、中はあずき?」
「ここはね。ゴマ餡とかクルミ餡の店もある。元々は元宵節 の食べ物だよ」
「元宵節 って何?」
「农历 (旧暦)1月15日が元宵節だよ。春節明けの最初の満月の日で、灯籠を上げたりするんだって」
「へえ。上野くんは色んなこと、知ってるね」
「去年の授業で、中国の祝日とか行事のことを色々習ったんだ。日本人は文化的に近いから知ってる行事もあるけど、欧米からの留学生とかだと全然知らないから、結構詳しく教えてくれて」
「ああ、そういう授業があるといいね」
「あ、スチロールには穴開けてから捨てて」
カップを捨てようとした祐樹に孝弘が注意した。
「どうして?」
「拾って再利用するのを防ぐため」
孝弘の返事を聞いて、ゴミ箱のなかを注意深く見て、ほんとだとつぶやく。
「昼間売りに来る弁当屋の発砲スチロールとかもみんなそうしてる。でないと拾って再利用されて、肝炎とかの病気が広がるから」
「はあ、やっぱり体験学習って大事なんだ」
祐樹はスプーンで底に穴を開けて、カップを捨てた。
ふと初めて会ったのは、このちょっと先の通りだったと思い出した。突然、通訳を頼まれて、王府井や西単を案内して、驚いた顔をたくさん見た。
もう知り合って一ヶ月以上経つのか、とあの日のことを思い返す。あれから偶然も含めてけっこうな回数を会っている。
こんなふうに駐在員とつき合うのは、孝弘には初めてのことだった。
生活パターンがまったく違うけれど、年齢が近いせいか学生同士のような気楽なつき合いが続いている。祐樹が年上ぶることも、社会人として偉そうな態度をとることもないせいだ。
駐在員と知り合ったのも初めてだったが、知り合ったきっかけがああだったので、有名企業の会社員という意識もないまま友人のような距離感におさまっている。
中国に来たばかりで慣れない祐樹と一緒に出かければ、孝弘がなんとなく面倒を見る感じになるのだが、それがちっとも嫌ではなかった。
祐樹は適度な距離感をとるバランス感覚が絶妙にうまかった。
孝弘を頼りにしているところがありながら、判断力はちゃんとあって一緒にいて苦痛じゃないのだ。
「どこか行ってみたいとこってある?」
なんて自分から訊いて世話を焼くなんて、ふだんの孝弘ならしないことまでしてしまう。
祐樹のリクエストに応えてどこかへ遊びに行くと、この新しい友人は中国ならではの不条理に遭遇しても「そうなんだ」と大らかに笑うところが楽しいのかもしれない。
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